父との再会

正直なところ見つかるはずがないと思っていたし、もし死んでいるならばそれでいいとも思った。むしろあんな最低な男が苦しんだ母より長生きしているなんて、できれば考えたくないとすら思った。

しかし思いのほかあっさりと父は見つかった。

離婚のあと、生活に困った父は家を土地ごと売りに出していた。その後は全国を点々としながら暮らしていたらしいが、何を思ったのか、10数年前に3人で暮らしていた町に戻ってきた。父は今、晃がついこの前訪ねた元実家から徒歩で10分と離れていない困窮した高齢者向けのアパートに住んでいるとのことだった。

教えられた住所を頼りに晃はアパートへ向かった。

近くまでたどり着いてみると、すぐにそれと分かった。

メモに書かれた住所が示すアパートは恐ろしいほど古く、何もかもがくすんでいた。高齢者向けの住宅だというのに、風が吹くだけで軋(きし)みそうなサビだらけの階段には手すりすらついていない。

「本当にこんなところに住んでんのかよ……」

晃は2階へ上がり、一番手前の部屋のインターホンを押した。クラシカルなベルの音が響く。扉についたポストからはチラシや封筒があふれかえっている。

インターホンを押してもすぐには出なかった。晃はあいだを置いてもう一度押した。しばらくして扉の向こう側で誰かが動いているような音がした。待っていると、ようやく扉が開いた。

「どちらさまですか」

腰が折れ痩せ細った老人は晃をぶしつけに眺めていた。

それは紛れもなく父だった。35年ぶりの再会には不思議と感慨はない。

晃は思わずため息を吐いた。父はこういう男だ。35年もたってしまった息子の顔が分かるはずもない。

「まあ35年ぶりじゃ仕方ないか。俺だよ、オヤジ。晃だよ」

晃は言って、右のこめかみを見せる。中学一年のとき、晃は母を殴ろうとした父の前に割って入った。殴り飛ばされて机の角にぶつけてできた傷は、七針縫うほどの大けがとなり、今もまだ跡が残っている。

「……何の用だ」

「寒いから入れてくれよ」

晃は父を押しのけながら中へと入る。玄関から見えていたので覚悟はしていたが、部屋のなかはゴミで散らかっていて足の踏み場すらなかった。

「掃除とかしてないだろ。大丈夫なの?」

「お前には関係ない」

「まあそうだけどさ」

晃は歩きながら、床に散らばるゴミを拾い上げていく。どこからともなく漂ってくるすえた臭いを吸い込んでしまって、晃は思わずうめきそうになる。

「よかったら、一緒に暮らさないか? 嫁も構わないって言ってくれてる。息子は京都の大学だし。あんたを養うくらいの蓄えはある。さすがにこんな生活じゃ体にも悪いよ」

こんなの人間の生活じゃない。あまりにもみじめだ。

父は少し絵が描ける程度でそれ以外の何もできない男だった。

「あいつが、芳美がいるだろう……」

「母さんは死んだよ」

晃が告げても、父は何も言わなかった。父のほうを振り返ろうと思ったができなかった。

「もう葬儀とかは終わってて、先週四十九日も終えたとこ。せめて報告くらいはしてやろうと思ってさ」

「なにを今更。あいつは……あれだ、もう35年前に死んだようなもんだろう。俺の家から出て行ったんだからな。どうでもいい」

晃は恐れていた。暴力と女遊びで母を苦しめ続け、自分にも消えない傷を負わせた男が、何の罪の意識や後悔も感じることなく生きていることを。そしてその通りだった。この男には、自分も母ももう”どうでもいい”ものなのだ。

「それ、本気で言ってんの?」

晃は自分を落ち着かせようと息を吐いた。けれどいくら息を吐いても、怒りがにじんだ。

「やっぱろくでもねえ男だな、あんたは。失望したよ。こんなゴミためみたいなところで暮らして、人として終わってるよ。こんなとこ、わざわざ来なきゃよかったわ」

晃は父を押しのけて家を出た。乱暴に駆け下りた階段は悲鳴を上げていた。父は晃を引き留めようとすらしなかった。それが親子としての全てだった。