最初の「異変」
その日は香苗の結婚式だった。
用意したのはメルカリで買った黒のレースがシックなワンピース。けれど困ったことに、太一は朝から買い物に出掛けているから、今日のメイクは自分でやるしかない。
真理は太一の手つきや手順を思い出しながらメイクをする。もちろん太一がやってくれたときには遠く及ばないけれど、まあまずまずの及第点だ。
身支度の仕上げに、真理は引き出しをあさる。最初のボーナスで奮発したティファニーのイヤリングと成人のときに母からもらったアンティークのネックレス。どちらも真理が持っている数少ないアクセサリーだ。
アクセサリーというのは特別感がある。自分を着飾ることに真理があまり慣れていないということもあるだろうけど、なんというか少し背筋が伸びるような、見える景色が少しだけ彩度を変えるような、そんな気がする。
買ったときのまま使っているターコイズの箱からイヤリングを取り出す。母からもらったネックレスはえんじ色のベロアのケースに入っている。
「あれ、どこにしまったんだっけ……」
引き出しにしまっておいたはずのベロアのケースがない。真理は引き出しをのぞき込む。もちろんなくすようなサイズ感のものではないのだけど、目当てのケースはどこにも見当たらない。
アクセサリーには特別感がある。だからこういう特別な日にしか使わない。そのことがあだになっていた。前回使ったのはいつだっただろう。そのとき自分がちゃんとこの引き出しにしまったのか、真理は思い出すことができなかった。
真理が途方に暮れていると、インターホンが鳴る。太一が帰ってきたのかもと思って飛びついてみれば、宅配のお兄さんがカメラの向こうで青白く映っている。
落胆しながら鍵を開け、小包を受け取った。真理には覚えがないから太一の荷物だろう。とはいえそれどころではないので、真理は机の上に荷物を置く。気がつけば家を出なくてはいけない時間だ。取りあえずネックレスは諦めて、家を出るしかなかった。