<前編のあらすじ>

相原七海(27歳)は中学の同級生だった笹原大輝(27歳)と恋人同士だった。大輝が大学2年の時に七海の妊娠が発覚し、両親の猛反対を押し切って大学を中退し結婚をする。ほどなく世の中はコロナ・パンデミックとなり、失職した大輝に娘を任せて美容師だった七海は復職をするが、大輝の娘に対するネグレクトともとれる行動をきっかけに、七海は離婚という選択をした。

母娘2人の生活を手にした2人だったが……。

●前編:両親と絶縁した授かり婚の末… 娘の面倒を見れない夫に“離婚を決意”した瞬間

約束は公正証書で

大輝とは、結愛が成人するまでは、毎月養育費として3万円を支払うことで合意し、それを公正証書にして公証役場に届け出た。公証人への依頼など公正証書の作成は手間がかかったが、七海は結愛の将来を大きく左右すると考えて、証書の作成にこだわった。結果的に、頑張って公正証書にしたことが、大輝からの養育費を確保する上で、大きな力になった。大輝が支払いを渋りながらも、最終的には支払いを実行したのは、公正証書によって強制執行が可能になることを、証書の作成時に公証人から聞かされていたためだと考えられた。また、証書を作成したことによって、養育費の支払いは、それぞれの再婚を理由に減額や打ち切りになることはないということもお互いに確認していた。

七海が養育費にこだわったのは、美容室での収入は不安定なところがあり、常に支出を伴う子育ての費用は、しっかり用意しておきたいと考えたことが大きかった。結愛の養育費は、もらい始めた時から投資信託の積立を始め、結愛が18歳になるまでは継続して積み立てるつもりだった。幸いにして積立投資の成果は出始め、2年間で元本は72万円だったが、評価額は100万円を上回っていた。収入が減った分は、生活を切り詰めることでやり繰りできたものの、収入の一部を貯蓄に回す余裕はなかった。結愛の将来のための資金は、大輝から振り込まれる養育費を積立投資することで用意する心づもりだ。その残高が増えていくことに、七海は安心と同時に満足感も感じていた。

振り込まれない養育費

ところが、大輝からの養育費の振り込みが期日までに行われないことが当たり前になってきた。その当時、七海の体調が優れず、美容室の就労時間を短くしてもらっていたため収入が減り、振り込みが途絶えたことに対する七海のショックは大きかった。最初はメッセージアプリのLINEで催促すると、翌日には振り込みが実行されたが、次第に電話をしないと振り込まれなくなり、ついには、いくら催促しても養育費が振り込まれなくなってしまった。この間、七海にとっては、養育費の振り込みを待つことが生活の全てになっていった。月末までに振り込みがないと、催促して振り込みが確認できるまでは、養育費が振り込まれないことが頭から離れなかった。後になって振り返れば、ただ単に、結愛の将来のための積立が一時的に滞っているだけであり、日々の生活に困るようなこともなく、養育費のことを考えなければ、平穏な日々が続いていたのだった。

ただ当時、体調も思わしくなく、生活にゆとりを失くしていた七海には、大輝の行いが自分たちを日一日と追い込んでいるように感じられた。そのような七海の不安定な毎日が結愛にも不安を与え、結愛がすぐに泣きだすようになるのも、大輝からの振り込みが遅れている期間だった。