「口の悪い駄犬」との対決

「ライト総合法律事務所」を訪れてから数ヶ月後、北方から連絡があった。見事に「口の悪い駄犬」の開示請求に成功したということだった。そして、驚くべきことが判明した。「口の悪い駄犬」の正体は「ラリオネ」の近くでレストラン「フォロロマーノ」を経営している野方という人物だった。もともとは東京でレストランをやっていたが、大都会の賃料の高さに嫌気がさし、思い切って店をこの町に移転させたと人づてに聞いたことがある。

誹謗中傷したのは「ラリオネ」を閉店に追い込みたかったからだろう。この小さな街でレストランを経営するのは楽ではない。ライバルは少しでも減ってくれた方がいい。「ラリオネ」がつぶれてくれたら、お客さんを自分の店が奪い取ることもできる。智子は、人間の心の闇を見てしまったような気がした。

結局、双方の弁護士による話し合いの結果、「口の悪い駄犬」の悪質な投稿によって店の売り上げが減ったという智子の主張が認められ、野方は約80万円を智子に支払うことになった。

数日後、いつものように智子が達也と一緒に「ラリオネ」の開店準備をしていると、テーブルや椅子をいくつも載せたトラックが店の前を通った。それは野方が経営していた「フォロロマーノ」で使われていたものだった。気になって様子を見に行ってみると「フォロロマーノ」の看板は取り外され、かつて店があったビルの1階部分は空っぽの空間になっていた。どうやら、野方はこの街で店を経営するのを諦めたようだった。地元の人間でもないし、特に愛着もなかったのだろう。

その後、風のうわさで野方が自己破産したと聞いた。東京からこの街に店を移転するのにかなりお金を使い、経営していた「フォロロマーノ」の売り上げもかなり厳しく、黒字になったことは一度もなかったという。元々は外車に乗っていたが、赤字を穴埋めするために売却し、国産の中古車に乗り換えざるを得なかったらしい。そして、一連の騒動の費用が野方にとどめを刺したようだった。

キッチンからオリーブオイルとニンニクの匂いが漂ってきた。達也が料理の下準備を始めたようだった。智子と達也と「ラリオネ」のいつも通りの1日が始まろうとしていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。