小栗さんに残る後悔の念

同時に小栗さんは、ここ数年ほど両親のサポートができなかった自分を責めた。実は父親が亡くなる数年ほど前、小栗さんは夫に、実家への帰省を禁止されていたのだ。

結婚後、夫は小栗さんの両親について知れば知るほど、不信感を募らせていた。約3年前、小栗さんの実家に高校生の子供と3人で滞在した際、泥酔して倒れた父親を、平気で放置する母親を目の当たりにした。そのうえ夫は、実家に届いた借金の督促状まで見つけてしまった。

あまりの惨状に絶句した夫は、ついに小栗さんに両親と距離を置くよう命じた。父親の死は、運悪くその間に起きた出来事だった。

通夜と葬儀のため小栗さんが帰省すると、母親はかつての“お嬢様”とは程遠い姿をしていた。何日も入浴していないようで、髪は固まり、ボタンが取れたカーディガンの前を安全ピンで留めていた。話しかけても目の焦点が合わなかった。小栗さんは母親を入浴させ、食事を与えた。少し元気になった母親は繰り返しこう言った。

「私がすぐに助けを呼んでやったんだ! 私がお父ちゃんの面倒を全部見てやっていたんだ! お父ちゃんは風呂に入らんでも良かったんだ!」

小栗さんは、やるせない気持ちになった。

「兄は父の車を廃車にした後、両親のために1円もお金を出していませんでした。パンの1つも、飲み物1本さえも……。一方、母は一生懸命、自分に非が無いことを訴えていました。私は母の言葉を聞いて、『これは母の本当の姿ではない。きっと認知症なんだ』と思わずにはいられませんでした」

その後、「認知症になるなんて一族の恥」と思っている80歳の母親は、人前ではしゃんとしてしまうため、なかなか認知症の診断がつかなかった。83歳になった頃、ようやく診断がついて要介護1と認定されると、調子を崩すことが増えた。85歳になる年には要介護3になり、特別養護老人ホームに入所した。

発覚した兄の借金

それから約1年後、兄から電話がかかってきた。内容は以下の通りだ。

・父親の生前、両親の借金を肩代わりするためにお金を借りていた
・その借金を、交際中の女性と入籍する前に完済したい
・その借金を、半分持ってくれないか

聞くと、借金は100万円ほど。半分の50万円も、今は手元にないと言う。

「長年公務員の仕事をしている兄が、50万円も出せないということに疑問を感じました。私は結婚後、ずっと専業主婦です。節約してコツコツ貯金したお金で時々帰省して、両親のために度々経済的な援助もしてきました」

それでも小栗さんは、入籍する兄へのお祝いのつもりで、50万円を渡すことにした。