父親との再会・死別
父親は病院でも暴れ、医師や看護師に手を上げることもあるため、厳重に拘束されていた。烏丸さんとは目も合わせようともしなかった。
そんな父親を見て烏丸さんは、「あの暴君が哀れなもんだな」と思いはしたものの、それ以上感情が動くことはなかった。しかし姉はひと目見た途端、一瞬で雪解けしたようだ。涙を流し、父娘の再会を喜んでいた。
父親との再会後、姉は病院の説明に応じ、いとこに頭を下げ、「あとは私が見ます」と言った。
「人って、こうもあっさりと手のひらを返せるものだろうかと思いました。ほんの1〜2時間前に、私と母の前で言っていたことと、やっていることが全く違うのですから。姉は私のことを『冷たい』と言いますが、私や母から見れば、父は鬼か悪魔にしか見えません。私は、父による自分に対しての暴力や暴言はもちろんですが、母に対しての暴力や暴言をどうしても許せませんでした」
当時、父親は退院期限が迫っているにもかかわらず、その後の受け入れ先が決まっていなかった。
「胃ろうはせず、父をいとこに戻そう」というのが、烏丸さんと母親の意見だったが、姉は胃ろうを独断。それによって入院期間が3カ月延長されたため、その間に特養を探して入居させた。その3年後、父親は89歳で亡くなった。
●父が遺したのは家とわずかな現金。相続の話し合いは円満に終わったかと思われたが……。続きは、後編【「家賃収入は半々」姉が約束を破り母困窮…認知症のケア足りず徘徊も】で解説します。