家族という言葉に感じる違和感

店の入り口で立っていると、ガラス越しに手を振る人影が見えた。

「深谷さんですか?」

落ち着いた、少し柔らかい声だった。淡いベージュのコートの女性が近づいてくる。最近外部のアプリで連絡を取り合うようになった「manami」こと大沢愛美だ。

プロフィール写真より、表情が明るい。軽く会釈を交わし、「はじめまして」と名乗り合うと、店員に案内されて席についた。

「おしゃれですね、こういうお店どうやって見つけるんですか?」

メニューを開いた愛美が、小さく息を漏らす。

「会社の近くなんです。たまに接待でも使うんで」

料理と飲み物を決めると、仕事の話になった。

「金融の営業って、やっぱり数字、大変ですよね」

「まあ、波がありますからね。この歳でも、まだ現場で走ってますよ」

軽く笑いながら、頑張っている自分を自虐的に差し出す。

「深谷さんは、もともと東京なんですか?」

「いや、地方です」

「どんなところなんですか?」

軽い興味からの質問だとわかっている。それでも、一瞬言いよどむ自分がいた。

「普通の……田舎ですよ。駅前に小さい商店街があるくらいで、本当に何もないですよ」

「うちの実家も同じです。地味ですけど、なんだかんだでそういうのがいちばん落ち着きます。家族も、私以外みんな地元にいますし」

実家、家族という言葉に、胸の内側を細い針で突かれたような感覚が走る。2人そろって食卓にいた両親の姿を思い出そうとしても、記憶は途中で途切れた。

休日に実家へ帰り、母親と取り留めのない話をしながらご飯を食べている愛美の姿が、容易に想像できる。

その「当たり前」の光景を、どこかまぶしいものとして眺めている自分に気づき、春貴はグラスを口に運んだ。

話題は学生時代や趣味へと流れていった。

愛美は特別な趣味があるわけでもなく、友だちと映画を観たり、実家に顔を出したりする程度だと話す。普段は会話の途中でさりげなく時計をチェックしてしまうが、その日は不思議と時間の経過が気にならなかった。

それを、仕事がひと段落したタイミングだからだと自分に言い聞かせる。

「すみません、ご馳走になっちゃって」

「……いや、これくらいは全然」

店を出て駅へ向かう道すがら、頭の中で会話を反芻する。愛美も何度か「すごいですね」と言ってくれた。しかし、何かが満たされていない。その正体を言葉にする前に改札が見えてきて、2人は軽く会釈を交わして別々のホームへ向かった。