愛犬を忘れてしまった義母

麻里が台所で夜ご飯の準備をしていると登美子の悲鳴が聞こえてきた。麻里はすぐにリビングを飛び出して悲鳴の聞こえたほうへ走る。登美子は勝手口を開けてガタガタと震えていた。

「お義母さん、どうかしたんですか⁉」

「あ、あれは何⁉ どうして犬がいるの⁉」

登美子はひもでつながれた犬を見て怒りの感情をこちらにぶつけてくる。登美子の反応に麻里は驚きを隠せない。

「何を言ってるんですか……?」

登美子はこちらの反応なんてお構いなしにかんしゃくを起こして怒鳴り続けている。

「私が犬が嫌いって知ってるわよね⁉ なのにどうしてあんなところに犬がいるの⁉ 私への何か当てつけでもしてるの⁉」

「お義母さん、あの子はひよりですよ。しっかりと見てください。お義母さんが犬が苦手なのは知ってます。子供のころに手を噛まれたことがあってそれで苦手になったんですよね? でもそんなお義母さんでも大丈夫だって言ってお義父さんが連れてきたんじゃないですか? 思い出してくださいよ」

麻里がそう訴えると登美子は瞳を左右に動かす。

「……え? ひより?」

そのまま登美子は固まってしまった。とりあえず麻里はその場から登美子を離れさせリビングのソファに座らせた。

ひよりのことはきちんと思い出してくれたようだが、忘れてしまっていたことにはまったく気付いていない。

登美子はもう10年以上、ひよりとともに生活をしてきている。同じように歳を取ってきて、義父の死だって一緒に乗り越えてきた。絆だってあるはずだ。そんなひよりを忘れてしまっていた。