ドアの外から床のきしむ音が聞こえて麻里は目を覚ました。

時刻は午前4時。最初のころは侵入者やお化けの類いかと思っていたが今はもうそんなことは思わない。

麻里はため息をついてゆっくりと起き上がり、外に出る。廊下をのそのそと義母の登美子が歩いていた。麻里はゆっくりと近づき、努めて優しく声をかけた。

「お義母さん、まだ寝てないとダメですよ」

振り返った登美子はおびえた目をこちらに向けてくる。

「だ、誰よ⁉ ここで何をしてるの⁉」

麻里は内心ではまたかと思いつつも、いつものように慌てず説明をする。

「麻里です。ここで一緒に生活をしてるじゃないですか。落ち着いて確認してください」

登美子はそこでゆっくりと周りを確認し、大きく息を吐き出した。

「……本当だ。ごめんなさい。私ったらどうしちゃったんだろ……?」

麻里は優しく微笑み、登美子を寝室へと連れて行った。

79歳の登美子と同居をし出したのは3年前だ。夫を亡くして軽い鬱状態の母を一人にするのは不安だからという夫の久司のお願いを聞き入れて、夫婦で義実家に移り住み同居をするようになった。義実家で暮らすことに不安がなかったわけではないが、麻里と登美子の関係は良好で、3人での生活は思いのほかに平和だった。

しかし事情が変わったのがここ数ヶ月のこと。登美子に認知症の症状が出るようになったのだ。現状はまだ話をすれば、すぐに元に戻る程度のまだら認知症だが、こうして過剰に感情をむき出しにする登美子を見ていると、これから先、症状が進行したらどうなってしまうのかと不安になった。