夫との思い出が詰まったマンションを手放せない
しかし、肝心の私がどうしても手放す気になれなかったのです。大きく取った窓からの眺望、一緒に選んだ家具や夫のお気に入りだったオーディオセット、夫と過ごした記憶をとどめるこの空間こそがかけがえのない相続財産であり、私にとって、ここを出て1人で生きていくのはあまりにもつら過ぎました。
相続税に関しては配偶者の税額の軽減(亡くなった人の配偶者は1億6000万円もしくは法定相続分まで非課税で相続できる制度)が使えるため負担はありませんでしたが、税理士さんへの謝礼や登記の費用などを支払い、義兄へは両親から500万円ほど借り入れをして税理士さんの事務所経由で法定相続分の現金を送金しました。
税理士さんには受領の連絡があったそうですが、突然我が家にやって来たあの日以来、私への直接のコンタクトはありません。
バー経営の義兄の切羽詰まった事情
義兄は隣県で小さなバーを経営しているそうで、税理士さんから「なかなか経営的に厳しそうなことをおっしゃっていました」という話を聞きました。義兄にしてみれば商売が切羽詰まった状態で弟が亡くなったことを知り、弔問に訪れたらタワマンで優雅な暮らしをしていることが分かり、思わず、「もらえるものはもらうからな」という言葉が口を突いて出たという程度だったのかもしれません。
夫の遺族年金は受け取れますが、これまでの夫の収入からすれば微々たるものです。マンションの住宅ローンこそ団体信用生命保険(団信)が下りて相殺されましたが、割高なタワマンの管理費や修繕積立金はこれから上がることはあっても安くはなりません。毎年、固定資産税も払っていかなければなりません。
親からの借金も私の収入から少しずつ返済していく必要があります。
親は私のことを不憫に思ったのか「どうせすぐ相続になるんだから無理に返さなくていいよ」と言ってくれていますが……。
今頃の季節になると夫と年末のスキーツアーの予定を立てたものですが、今年はその夫もいなければ、旅行の原資となるお金もありません。
かえすがえすも悔やまれるのは、夫に遺言を書いておいてもらわなかったことです。義兄に法定相続分のお金を渡さずに済んでいたら、今の私の懐具合はかなり違ったはずです。夫との楽しい記憶をたどって現実に引き戻された時、どうしても、「遺言さえあれば」と考えてしまうのです。
※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。
