「俺、信じてたんだよな。あいつのこと友だちだと思ってたから」
友人の加藤(仮名)が私の事務所にやってきた時、彼の目は赤く腫れていた。彼が机の上に差し出したのは、1枚の契約書。見れば、記名された当事者双方の名前の横には100円ショップで手に入るような簡素な認印の印影がある。その印影には鉛筆で丸い囲みが付けられていた。
それを指さして加藤が言う。
「あいつはこれで無効だって言うんだ。“返す義務なんてない”ってな」
お金ではなく信頼を貸したつもりだったが…
話はさかのぼること2年前。加藤は古くからの友人、杉田(仮名)に200万円を貸した。きっかけは、杉田が始める飲食店の開業資金が不足していたことだった。
加藤が当時を振り返る。
「杉田のやつさ、すげぇ楽しそうに話してたんだよな。“地元の食材で勝負したい”って。目がキラキラしてて……」
もともと加藤は金勘定にドライな男だ。しかし、杉田の夢を語る目にはそんな加藤を動かす信念があった。杉田に心動かされた加藤は、これまでコツコツ貯めてきた貯金の一部を崩してお金を貸すことを決意した。
しかし、やはりドライな面もある。念のためと私に契約書の作成を依頼してきた。
「お金を貸すならちゃんとした契約書がないとな」
私は「友人間だからこそ、念のため実印での押印と印鑑証明も付けておいた方が良い」と伝えた。実印とその印鑑証明もあれば、本人が押したことの証明力が格段に高くなるからだ。
「わかった。じゃあ、また報告に来るわ」
そう答えた加藤だったが、翌週、杉田によって丸め込まれたと再び相談に来た。