茜は高校3年生になっても無気力な息子・和毅の姿に一抹の不安を感じていた。そんな不安が一変する出来事が起こる。中学時代の友人に連れられ和毅がオープンキャンパスから帰ってくるやいなや熱意のこもった口調で自分が見てきたもののすごさを語るのだった。
その日の夕食どき、和毅は大学に行きたいと思いを打ち明けた。だが、夫の俊也はというと「遊ばせてやる金はない」とにべもない。そんな父の姿に怒りを覚えたのか、和毅は言ってはならないひと言を口にしてしまう。
「父さん、自分が高卒だから反対してるんじゃないの……?」
前編:「遊ばせてやる金はない」大学進学を認めない父に対して、息子が口にしてしまった“言ってはいけないひと言”
なぜ夫は息子の思いを否定したのか
茜はベッドに寝転がりながら、じっと天井を見つめていた。隣では俊也がこちらに背を向けて横たわっている。声をかけても反応はないが、本当に眠っているのかは分からない。
あれから結局、和毅は自室から出てこなかった。風呂にも入らず、ふて寝しているに違いない。
ついさっきスマホで「大学 学費」と検索した情報が茜の頭に浮かんでいる。
国立なら年間50万円ちょっと。4年でおよそ250万円。ところが和毅が今日オープンキャンパスに行っていた私大の理系学部だと……550万円。
決して安くはない。でも、払えない額ではない。家計から学費を出したくないというのなら、奨学金なりアルバイトなり、いくらでも別の提案はできたはずだ。茜がパートを増やしたっていい。それなのに俊也は、まるで話を聞こうとしなかった。
「金がない」の一点張りで、和毅の気持ちをはねつけるなんてらしくなかった。
茜は横向きになり、俊也の背中を見つめた。背中越しに、彼の呼吸が微かに震えているのを感じる。怒りだけではない、何か別のものが混ざっているような気がした。
進学に反対した本当の理由を、知りたいと思った。感情をぶつけるんじゃなく、ちゃんと向き合って、話をしてみるべきだと思った。就職と進学、どちらが正しいというわけではないだろうが、どちらを選んでも和毅の人生を大きく左右することは間違いない。
「……どうか、家族で乗り越えられますように」
口に出すことなく祈りながら、茜は眠れぬ夜を過ごした。