<前編のあらすじ>

葵は夫の仁志と30歳手前で結婚。つつましいながらも幸せに暮らしていた。二人の出会いは大学の漫画サークルだった。

葵は大学卒業後、創作からは遠ざかり推し活に専念していた。一方の仁志は今でも創作熱は旺盛で暇を見ては漫画を描き、SNSに投稿していた。

ある日、ついに仁志の漫画が日の目を見ることになる。SNSで漫画がバズったのだ。そこからは出版の依頼が舞い込んだり小規模ながらも連載が決まったりするなどトントン拍子で話は進んでいった。

夫の成功をうれしく思う一方で葵には気になることがあった。仁志が調子に乗っていることを隠そうともしなくなっていたことだった。

分担して行っていた家事はいつしか葵だけが行うようになり、ついには冗談交じりではあるが、創作を辞めた葵をなじるようなことまで言い始めてしまうのだった。

前編:「創作から逃げた…」漫画がSNSでバズって調子に乗った夫の口から飛び出した妻の尊厳を踏みにじる一言

事後報告で「仕事をやめた」

「来月で、仕事やめることにしたから」

リビングに響いた仁志の言葉に、葵は手にしていたマグカップを危うく取り落としそうになった。

「……え? 何、今の、どういうこと?」

「だから、会社、もう辞めるって。編集とも話したんだけど、来年に出す予定の単行本作業もあるし、締め切りもどんどん来るし。今のうちにちゃんと腰据えてやったほうがいいと思ってさ」

まるで、ランチの約束を取りつけるような軽やかさだった。

「仁志、それ、なんで事後報告なの?」

仁志は少しだけ眉をひそめたが、あくまでも平静を装ったまま答えた。
「だって、葵なら反対しないと思ってたし。俺が描くこと、応援してくれてたよな?」

確かに、葵は仁志の創作を否定したことはない。むしろ、細々とでも続けているその粘り強さを、密かに誇らしく思っていた。だが、それとこれとは別だ。

「……応援してるからって何でも許すわけじゃない。だいたい生活はどうするの? 印税で一生食べていけるかなんて分からないないんだよ。そういう現実的なこと、考えた上での決断なの?」

「なんだよ、急に。葵はいつも現実、現実って言うけど……人生って、そんな計算だけで測れるもんじゃないだろ? それにもう葵の月収より、俺の1ヶ月の原稿料のほうが高いんだし」

葵は、ぐっと奥歯をかみしめる。

「そうだけど、生活に関わる大事なこと、勝手に決めるなんておかしいでしょ」

「そんなこと言って、夢を叶えた俺に嫉妬してるだけなんじゃないのか」

その言葉に、葵の中で何かがプツンと音を立てて切れた。

「たしかに私はマンガを描かなくなったけど、誰もかれもがプロになりたいって思ってるわけじゃないの。あなたはたしかにすごいけど、それでこんな風に生活がめちゃくちゃになるのは仕方がないことなの?」

声が震えた。怒りと悲しみと、何より深い失望で。仁志は言葉に詰まり、目を伏せた。

それまで我が家ではほとんどなかった、大きな夫婦喧嘩だった。