「遺言書は自分で書ける」。それは事実である。しかし、“書ける”ことと“正しく書ける”ことは別問題である。
今回紹介するのは、ある男性の事例だ。彼は私の助言を受けて遺言書を作成したが、後に自分の判断で内容を書き換えた。その結果、相続人同士の深刻な争いを招いてしまった。
問題提起のためにあえて先に結果を伝えよう。最終的に問題となった相続手続きは片付いたものの、兄弟の関係は取り返しがつかないほど悪化した。
「想いを伝えるため」の遺言が、なぜ“分裂の引き金”になってしまったのか——その経緯を追いながら、遺言作成の落とし穴について考えていこう。
「遺産は全部、一郎に」専門家と作った最初の遺言書
関東のとある県に住む70代の男性・鈴木さん(仮名)は、70代を過ぎたあたりで病気がちになってきたことから、自分の亡き後について考えるようになっていた。
妻には先立たれ、子どももいない。残されたのは、持ち家と預貯金合わせて3000万円ほどの財産。
法定相続人は、兄の一郎さんと弟の徹さん(ともに仮名)だけである。兄弟の中でも、兄の一郎さんとは幼い頃からとりわけ仲が良かった。
鈴木さんは、幼少期はもちろん、病気がちになった直近の出来事までを思い出す。そして色々な思い出を振り返るうちに、長年面倒を見てくれた兄・一郎さんに「すべてを遺したい」という思いが込み上げてきたようで、私に相談する運びとなった。