ちゃんと聞いてほしいよ
「母さん……!」
「真紀、真名美さんがせっかく……」
冬馬と義父がすかさず義母をたしなめようとするが、彼女は2人の言葉を遮るように言った。
「せっかく日本の新年らしい料理をいただいたのに、すぐにフランス風のものを出されると、何だか落ち着かないというか……おせちには、それぞれ縁起のいい意味が込められているでしょう? だから、その余韻を楽しむ方が良いと思うのよ」
義母の主張も理解できなくはない。それでも、このお菓子の大切さだけは伝えたかった。
「確かに、おせちは素晴らしい日本の伝統ですよね。私も大好きです」
真名美は静かに、でもしっかりと義母の目を見て言った。
「でも、このガレットデロワにも、私の家族にとって大事な意味があります。フランスの新年には家族みんなでこれを囲んで、今年の幸運を願うのが昔からの習慣なんです」
義母は目を細めながら真名美の言葉を聞いていた。
「これは、母から教えてもらったレシピで作りました。母は父と結婚するときに、祖母から教わったそうです。おせちとは違う形かもしれませんが、どちらも家族の絆を象徴するものだと思うんです」
自分でも少し震えている声が分かったが、それを隠すことはしなかった。
真名美は、このお菓子に込められた家族の記憶や、フランスの文化を義母に伝えることができるかどうかだけを考えていた。
義母はお皿に目を落としたまま、しばらく黙っていた。
「母さん」
冬馬の声が割って入った。その声は穏やかだったが、どこか力強さを感じさせるものだった。
「真名美がここまで話してるんだから、ちゃんと聞いてほしいよ。母さんだって、自分の家族の伝統を大切にしてるだろう? それと同じで、真名美にとってこのガレットデロワも、家族を想う気持ちの象徴なんだ」
義母は何かを言いかけたが、その声は届かず、代わりに義父が口を開いた。
「真紀、若い2人が自分たちの家庭を作っていこうとしているんだ。それに、食い合わせがどうとか言ってるけど、文化の違いを楽しむのも悪くないと思うぞ」
義父はそう言いながら、手元の皿をちらりと見た。
「これはこれで美味しそうじゃないか」
「……わかったわ」
義母は小さく息を吐き、テーブルに目を落とした。