<前編のあらすじ>
フランス文学の研究者としてキャリアを歩んでいる真名美は夫・冬馬の義母と折り合いが悪かった。
論文に記載される姓名と研究業績は紐づいている。研究者としてのキャリアの断絶を防ぐため、真名美は改姓するわけにはいかなかった。そのため、冬馬が真名美の姓である「山崎」を名乗ることを決めた。
義母はこれが気に喰わなかったのか、冬馬の改姓を相談したときから、真名美にとげとげしい態度を取るように。そして年末、義両親が真名美と冬馬が暮らす家へとやってくる。
縁起物であるおせちを皆で囲むものの、どこか空気が重い。真名美たちのお正月はどうなってしまうのか。
●前編:「この黒豆の意味、わかるかしら?」アラサー女性に義母が"おせちの知識でマウント"を取るワケ
アレ用意するから
気まずい食事の時間が終わると、真名美は逃げるようにキッチンへ引っ込んだ。義母の視線から外れて深呼吸をすると、いくらか気分がマシになった。
「真名美、大丈夫か? さっきは母さんがごめんな……体調悪くない?」
食器の片付けを手伝いながら、冬馬が心配そうに真名美の顔を覗き込んで小声で話しかけてくる。
「う、うん、全然大丈夫だよ。それより、アレ用意するから冬馬は座って待ってて」
「……分かった。手がいるときは呼んでくれ」
冬馬の背中を見送ると、真名美は気持ちを切り替えるように冷蔵庫を開けた。
これ以上、彼に気を遣わせたくない。
自分がしっかりしなければ。
リビングに戻った真名美は、ガレットデロワをテーブルに置いた。パイ生地の香ばしい香りがリビングに広がる中、なるべく明るい声を心がけた。
「これ、ガレットデロワと言います」
「ガレット……デロワ……?」
聞きなれない単語に首をかしげる義父に、真名美は微笑みながら説明した。
「フランスでは新年に食べる伝統のお菓子なんです。中に小さな陶器の人形が入っていて、それを当てた人がその日の王様になれるんですよ。王様になると、その日1日王冠を被ってみんなから祝福してもらえます」
「へぇー、フランスには面白いお菓子があるんだな」
義父は感心したように頷いてみせたが、義母はお皿をじっと見つめたまま、少し眉を寄せた。
「……でも、おせちを食べた後にこれを食べるのは、ちょっと食べ合わせが悪い気がするわね。私は遠慮するわ」
彼女の一言に胸がざわつく。ある程度予想していたこととはいえ、やはり気持ちは沈んでしまう。