義母がやってきた
義両親がリビングに足を踏み入れ、家の中に緊張が漂い始めていた。
「まあ、立派なおせちね」
義母の視線がテーブルに注がれた。褒め言葉かと思ったが、続く言葉は嫌味に満ちている。
「こんな立派なものを作れるなんて感心しちゃうわ」
「……いえ、これは近所のスーパーで予約したものです。評判が良かったので」
義両親を出迎えるために用意したおせちは、4人前で2万円弱。手作りの場合、数千円で済むことはリサーチ済みだったが、冬馬も構わないと言ってくれていたし、失敗するリスクなども考えて出来合いを選んでいた。
「そうそう、真名美が色々調べてくれたんだよ」
「あら、そう。まあ今の若い人たちはそういうのも便利でいいのかもしれないわね。でも、昔はこういう縁起物をひとつひとつ手作りして、家族の幸せを願うものだったのよ」
義母の言葉に、リビングの空気が少しひんやりした。しかしフォローしようとしたのだろう、義父が柔らかく笑った。
「真名美さんは忙しいだろうからね。それに、見た目も華やかで美味しそうじゃないか」
「そうね。でも、そういうものを作る時間を取るのも、家族としての大事なことだと思うのよ」
義母の視線は依然として真名美に向けられていた。
「また……次の機会に挑戦してみます」
真名美は、こわばった笑みを浮かべたまま小さく答えた。 重苦しい空気を和らげようと、冬馬が箸を手に取って話題を変えた。
「まあ、早く食べようよ。ほら、栗きんとん。父さん、好きだったよね」
「おお、よく覚えてたな。いただくよ」
2人のおかげで少し空気が柔らかくなったかと思った矢先、義母がまた口を開いた。
「そういえば、真名美さん。この黒豆の意味、わかるかしら?」
突然の質問に、一瞬頭が真っ白になった。いや、知らないわけではない。おせち料理に込められた縁起の意味も聞いたことがある。でも、とっさに答えることができない自分に、なんとも言えない無力感が押し寄せた。
「えっと、確か……健康、でしょうか」
「まあ、間違いじゃないけど……でも、それだけじゃないのよ。黒豆にはね、まめに元気に働けるように、まめに暮らせるように、という意味が込められているの」
義母の声には、どこか勝ち誇ったような響きがあった。
「立派に大学で先生をしているって聞いてたから、そういうのも詳しいかと思ったけど、そんなことも知らないのね」
「ごめんなさい、不勉強で」
私は小さな声でそう答えた。心の奥底に、じくじくとした痛みが広がっていった。しかし義母は休む間もなく追い打ちをかける。溜息をつきながら箸を手に取り、甘エビを指差してこう言った。
「甘エビは腰が曲がるくらい長く健康に生きられるように。これだって縁起物だからちゃんと食べないとね。昔からそういう風習なのよ」
その言葉に、真名美は心底困ってしまった。甲殻類アレルギーがある真名美にとって、甘エビは手が出せないものだ。冬馬がすぐにフォローを入れてくれた。
「母さん、真名美はアレルギーなんだよ。前にも説明しただろ? 甲殻類は無理なんだ」
しかし、義母はその言葉に少し眉を上げて、わざとらしく溜息をついた。
「そう……縁起物なのに残念ね」
この場をどう収めたらいいのか分からず、真名美はただ「すみません」と俯いた。
家族の絆や幸せの象徴であるはずのおせち料理。それが今は、虚しい存在に思えてならない。なんとか場を和ませようとしてくれている冬馬と義父の笑い声が、だんだん遠ざかっていくような気がした。
●真名美への悪感情を隠す気もない、義母・真紀。家族のお正月は気まずい空気のまま終わってしまうのか。実は真名美は、自身のルーツにも関わる秘密兵器を用意していた。後編【正月にもかかわらずバトルする気満々の義母も思わず噴き出した、フランスにルーツを持つ嫁の“秘密兵器”】で詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。