金庫から出てきたのは

それから数日後、夏海は洋史の遺品整理を始めた。

一応喪が明けるまでは、相続の話を待ってほしいとお願いはしていたが、あの家族のことだからいつ自宅に踏み込んで来てもおかしくない。洋史の思い出を少しでも残すために、大切なものは一時避難させておく必要があると思った。

重苦しい気分で部屋中を整理していると、夏海はクローゼットの奥に置かれた小さな金庫を見つけた。

「こんなもの、いつの間に…?」

鍵は見当たらなかったが、金庫の底には番号式のロックがついていた。もしかしたらと思い、夏海たちが交際を始めた記念日を入力すると、金庫が静かに開いた。なかには、1通の封筒、それに数枚の古い写真が入っていた。

封筒には、洋史の筆跡で「遺言書」と書かれていた。

3週間後、洋史の父母と姉、そして夏海が一同に会し、家庭裁判所で検認作業が行われた。職員が封筒を開けると中から出てきたのは、やはり遺言書だった。

日付を見る限り、病気になるずっと前に作成されたものだった。おそらく籍を入れないと決めた時点で書かれたものなのだろう。

遺言書にはこう記されていた。

「遺言者 長岡洋史は、所有するすべての財産を内縁の妻である今井夏海に遺贈する」

夏海は、その場で崩れ落ちるように座り込んだ。洋史は、籍を入れるという選択をしなかった理由を、こう続けて書いていた。

「自分と家族になることで夏海に負担をかけたくなかった。結婚しなかったのは偏に自分の我がままによるものだ。だから、彼女を守るために打てる手はすべて打っておきたい」

洋史が自分のためにここまで考えてくれていたことを知り、夏海は涙を堪えきれなかった。

洋史の家族は遺言書は無効だと主張したが、結局は遺留分として最低限の金額を受け取ることで合意した。

洋史が遺言書を残していなければ、すべての財産を奪われていたかもしれない。洋史の愛情が夏海を救ったのだと感じざるを得なかった。