彼に愛されていた……
遺産相続の手続きが全て終わり、夏海はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
洋史と暮らしていた家には、2人が一緒に選んだ家具や、手入れを欠かさなかった観葉植物、そして写真がそのまま残されている。
それらを見ていると、洋史がまだ隣にいるような気持ちになった。
金銭的な負担が軽減されたのは確かに助かった。これからの生活のためにも、その支えは必要だった。
しかし、夏海が本当に手にしたかったのはお金ではない。洋史とともに築いた家と、そこで過ごした時間、そしてその中にある数え切れないほどの思い出こそが、夏海にとって何物にも代えがたい遺産だった。
リビングの椅子に座りながら、夏海は洋史の残した遺言書をもう1度手に取った。
文字をなぞるように指で触れながら、愛情に満ちた言葉を繰り返し読んだ。彼が籍を入れないという選択をした裏に、これほどまでに自分への配慮と覚悟があったのだと知ったとき、夏海は改めて彼に愛されていたことを実感する。
「私たち、ちゃんと家族だったよね……」
声に出して呟いてみると、不思議と心が軽くなった。
形に残るものがなくても、夏海と洋史が分かち合った日々は、誰にも奪われない。記憶の中で生き続ける彼との絆を胸に、夏海はもう1度、前を向いて歩き出そうと決意した。
小さなベランダに目をやると、洋史が植えた花が今年も咲き始めているのが見えた。
風に揺れるその姿を見つめながら、夏海は静かに微笑んだ。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。