<前編のあらすじ>
事実婚関係にあった妻・夏海と夫・洋史の二人をある日悲劇が襲う。洋史が国指定の難病だと診断されたのだ。効果的な治療法は現時点でなく、進行する症状を止められない。次第に症状は重くなり、最後は呼吸機能や心肺機能が衰え体の自由が利かなくなり命を落とす。そんな病だった。
徐々に体を動かせなくなり、一人では食事すらまともに取れなくなっていく洋史を夏海は献身的に支えた。介護の日々は8年続き、ついに洋史は息を引き取る。
二人で過ごした20年あまりの日々に思いをはせながら、夏海は洋史を送り出す準備に取り掛かるのだった。
●前編:【「こんな俺を支えてくれて、ありがとう」ともに暮らして20年の事実婚夫婦を襲った「避けられない悲劇」】
洋史の葬儀を執り行うにあたり、夏海は思いもよらない人々と向き合うことになった。
長い間疎遠だったはずの洋史の父母と姉が前触れもなく現れたのだ。
彼らは出棺が終わったころに葬儀場に現れ、弔問客が故人をしのぶ会食の場で、夏海に向かって堂々と言ってのけた。
「今後は私たちが相続人として手続きを進めますので」
そう言った彼らの表情には、感情の色がほとんどなかった。事実婚である夏海に法的な権利がないことを知っているからこその態度だった。
「……今、その話をするんですか?」
思わず口からこぼれた嫌悪の声に、周りの弔問客たちの視線が集まった。居心地の悪さを感じつつも、構うことなく夏海は続けた。
「洋史さんは……最期まで弱音を吐くことなく、懸命に病気と闘っていました。ここにいる方々は、そんな彼を偲ぶために集まってくださった人たちです。だから今は……今だけは洋史さんの弔いのための時間にしたいんです……」
彼らは一瞬押し黙ったが、すぐに姉が肩をすくめながら小さく反論した。
「弔い、ね……夏海さんが弟を支えてくれたことには感謝してるわ。でも、私たちは洋史の家族よ。それに、遺産は法律に基づいて分けるべきものなの。感情論でどうこうなる話じゃないわ」
その冷たい言葉に、夏海の胸の奥で何かが崩れ落ちた。洋史の遺影が微笑んでいるのが、むしろ悲しみを増幅させた。
「……家族?じゃあ、洋史が病気だと分かったとき、どうして何もしてくれなかったんですか? 病気が分かってから、1度でも彼の顔を見に来たことがありますか?」
母親は一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに目を逸らして口を閉ざした。父親も姉も何も言い返さなかったが、その沈黙は謝罪や後悔によるものではないように思えた。会場の空気がさらに冷え込む中、住職が気を利かせて声をかけた。
「ここは故人を弔う場です。皆さん、どうぞ心を落ち着けてください」
その言葉で場は一旦収まったが、夏海の心に刻まれた彼らの言葉は消えることがなかった。この家族とは、まだ戦いが続くのだと覚悟を決めながら、夏海は遺影に向かって静かに頭を下げた。