行きつけの焼き鳥屋で、ジョッキを合わせる。仕事終わりの疲れた体に流し込んだビールがしみていく。

「あー、うまい!」

まるでCMみたいに口のまわりに白いひげをつけてうなる結子に、創志は思わず笑みをこぼす。

「何笑ってんのー」

「いや、おいしそうに飲むなと思ってさ」

「だって美味しいんだもん」

結子はそう言って、残りのビールを飲み干し、カウンター席のタブレットでおかわりを注文する。間もなく、結子の2杯目といっしょに頼んでいた焼き鳥が運ばれてくる。

「でもさ、この店でよかったの? つきあって1年の記念日なのに」

「もちろん。変に高いお店行くより、こういうところのほうが落ち着くもん。それに、なんかこういうアットホームな感じとか、実家の弁当屋とちょっと似てるんだよね」

「まあ、結子がいいなら僕も落ち着くからいいんだけどさ。ここの焼き鳥好きだし」

創志はそう言ってぼんじりを頰張る。いつもと変わらない味になんだか無性に安心を覚えた。

結子とは、マッチングアプリを通じて知り合った。

エンジニアとして働く創志は、若いころから仕事に追われ、長い間恋愛とは縁遠い生活を送ってきた。結婚に対して特別な焦りを感じることはなかったが、数年前に父親が会社を退職したことを機に自分の将来について真剣に考えを巡らせるようになった。

そして、30代後半にして婚活を決意。まずは手軽に始められるマッチングアプリで結婚相手を探すことにしたのだ。だが、おいそれと理想の相手に出会えるわけもなく、創志の婚活は難航した。これまで交際に発展した相手は何人かいたが、結婚となると話は全く別だった。

たとえば数年前に出会ったある女性は、結婚の話が出た途端に創志の財産を当てにするような態度が目立つようになった。いつの間にか義家族まで乗り出してきて、当たり前のように創志の名義で二世帯住宅のローンを組む算段をし始めたときは、さすがに閉口した。別に妻となる相手を養うことに抵抗があるわけではないし、義家族のことも大切にしたいと考えている。

とはいえ、「家族」であることを盾に相手を搾取するようなことは避けなければならない。その考えを何度も彼女に説明したが、結局最後まで分かり合えず、破局した。

父と母が当たり前のようにやっていたから気が付かなかったが、他人と家庭を築くというのは、自分の想像以上に複雑で困難なことなのだと悟った瞬間だった。

結子と出会ったのは、そんなタイミングだった。

2つ年下の結子は、その年齢以上に落ち着いた印象の女性で、一緒にいて居心地が良かった。食の好みや趣味など、共通点も多かったし、2人ともごく普通の家庭で育ったせいか、価値観が近かった。