弁当屋を継いでくれないか
プロポーズが成功したとなれば、創志が次にすることは地方にある結子の実家にあいさつに行くことだった。
結子の両親は自営業で弁当屋を営んでおり、彼女も学生時代は店でアルバイトをしていた。今は東京に出て働いている結子だが、帰省した折には義母と一緒に販売員として店頭に立ったり、配達を手伝ったりすることもあるという。家族で手を取り合って働く彼らの姿は、創志の思い描く温かい家庭のイメージにぴったりだった。
だが、居間に案内され、結婚のあいさつ終えた創志に向かって、義父が言った言葉は想定の斜め上をいく意外なものだった。
「創志くん、娘と結婚するなら、いずれこの店を継いでくれないか?」
「えっ、この弁当屋を……? でも僕、今まで飲食業に携わった経験なんてないですし、料理だって簡単なものしか作れませんが……」
「なに、経験はこれから積めばいい。レシピは俺が教えるから、よほど不器用でなければ問題なくやっていけるよ」
「ですが……」
義父は熱心に頼み込んできたが、簡単にはうなずけなかった。
創志は現在エンジニアとして、東京である程度安定した仕事を得ている。特に自分の仕事に強いこだわりがあるわけではなかったが、やはり東京を離れて地方に移り住むことには少なからず抵抗があった。というのも、創志の両親は東京に住んでいるからだ。
今は2人とも元気にやっているが、将来的には介護やサポートが必要になる可能性がある。
そんなときに1人息子の自分がそばにいなくて良いのか。
両親は創志が東京を離れることで心細く感じるのではないか。
「両親も高齢ですし、できればそばにいてあげたいと言いますか……」
「それはご両親に言われたのかい?」
「いえ、違います」
「じゃあ相談してみるといい。創志くんは真っすぐでいい男だからな。そんな創志くんを育てたご両親なら、息子の新しい門出を快く送り出してくれるよ」
正直、めちゃくちゃな言い分だとは思った。当然、両親への相談にも気が乗らなかった。だが結子の説得もあり、2人は創志の両親のもとへ相談もかねて赴くことになった。
心苦しくて仕方なかった創志は、両親ならその気持ちをくんでくれるだろうと思ったが、意外にもあっさりと創志が弁当屋の跡継ぎになることに首を縦に振った。
「自分が思った通りにしなさい。私たちは、創志が幸せになってくれるのが1番なんだから」
そう優しく言った母の隣で、父も力強くうなずいた。
「ああ、老後の面倒は自分たちで見るから問題ない。好きに生きろ」
「ありがとう……そうさせてもらうよ」
2人の優しい言葉に照れつつも、創志は複雑な気持ちを抱いていた。