勘違いした女教師
翌日、昼のパートが休みだったこともあり、麻央は学校に向かった。そんなに怒っているように見えるのか、おどおどした教頭になだめられ、来賓室に通される。
しばらく待っていると、担任の高梨明日香が姿を現した。
「どうして、ハロウィーンパーティーなんて、あんなイベントを行ったんですか?」
向かいのソファに明日香たちが腰かけるや、麻央は鋭くとがった声を放った。明日香は眉をひそめ、しばらくのあいだ言葉に詰まっていた。
「えぇと、先日のハロウィーンパーティーは……子供たちに楽しく異文化体験をしてもらおうと私が企画したものです。まさか盗難のきっかけになってしまうとは、思っておらず、申し訳ございません」
「は? 盗難?」
「はい、今日はそのことでいらしたのでは……?」
とぼけた表情に、麻央は怒鳴り散らしたくなったが、喉元まで出かかった罵詈(ばり)雑言を深く吸った息と一緒にのみ込んだ。どうやらこの女教師は勘違いをしているらしかった。
「先生は、どうやら勘違いをしてるみたいですけど、悠里は私にハロウィーンパーティーのことを言わなかったので、私は連絡帳をもらうまで何も知りませんでした。これがどういうことか分かりますか?」
麻央の声には思わず怒気がこもる。いくら苦労知らずの鈍い女教師であってもさすがに察したのだろう。
「学校は子供のことを考えているつもりかもしれませんし、異文化体験も立派です。けれど、うちには衣装やお菓子を用意するような余裕はありません。そんな家の事情に気を使った娘は私に何も言わず、クラスで1人だけ仮装もできず、お菓子も持っていけなかったんですよ? 家庭の経済状況を無視して押し付けるのが、異文化体験なんですか?」
明日香は驚いていたようだったが、すぐに神妙な表情になり、深々と頭を下げた。まさか経済的な事情で悠里がお菓子を用意できなかったとは思ってもみなかったのだろう。
「……本当に申し訳ありません。私の配慮が足りませんでした」
静まり返った来賓室に、明日香の声がこぼれた。
「山下さんのおっしゃる通り、おのおのご家庭の状況にもっと目を向けるべきでした。今後はこのようなことがないよう、気を付けます。本当に、本当に申し訳……」
頭を下げている明日香の太ももに、ぽたりぽたりとしずくが落ちる。涙はベージュのスラックスに吸い込まれ、いびつな円になってしみ込んでいく。
「ちょっと、やめてくださいよ。泣けばいいと思ってるんですか?」
「申し訳ありません。……でも、お子さんを預かる身として、自分が恥ずかしくて、許せないんです」
麻央はため息を吐いた。目の前で泣かれると、怒る威勢もうせてしまった。
きっと本当に至らなかっただけで、明日香は悪い人間ではないのだろう。以後気を付けるという明日香の言葉を受け入れた麻央は、学校を後にした。