<前編のあらすじ>

配達員の丈秀(46歳)は、気まぐれに買った宝くじが、まさかの1等賞・2億円の高額当選をしたことにより暮らしぶりが激変した。

それまで勤めていた運送会社を辞め、高級なレストランで外食をしたり、高級車に乗りブランドものの洋服を身に着けるようになる。自信がついた丈秀は、今の自分なら10年前に別れた妻子を幸せにできるかもしれないと元妻を呼び出した。

元妻と再会した丈秀は、700万の養育費を渡すとともに「俺たち、やり直さないか?」とプロポーズをするが、元妻は再婚していて「あなた、結局なんにも変わってないわよ」と丈秀に失望し、養育費を突き返してコーヒー代の1000円札を置いて店を出て行ってしまった。

●前編:「俺たち、やり直さないか?」宝くじで激変したアラフィフ男性…復縁を迫った元妻に下された「無慈悲な決断」

希薄になっていく社会との接点

良子と会った日の出来事は、丈秀が日々に感じていたむなしさの決定打になった。

どれだけ高級な食材を使った一流の料理を口にしてもおいしいとは思えず、時計や洋服をいくら有名ブランドで着飾っても堅苦しいだけだった。現金一括で購入した外車ももうほとんど乗らずに半月近くがたっていた。出掛ける気にもなれず、丈秀は寝間着のスエットのまま時間をむさぼるように過ごした。締め切ったカーテンの隙間から差し込む光で昼間を感じ、太陽の光が届かなくなると眠った。食事は取らないことのほうが多くなり、スマホのプロ野球ゲームに課金するだけの日々が続いた。

あるとき腹が鳴って、さすがに空腹に耐えかねた丈秀は立ち上がって冷蔵庫へ向かった。しかし中身はほとんど空っぽで、唯一あったヨーグルトはふたを開けると緑色のカビが生えていた。 仕方がないから部屋のあちこちに落ちている1万円札を数枚ポケットに突っ込み、スエットのまま家を出た。こんな気の抜けた様子で出歩くのは久々で少し気恥ずかしさも感じたが、どうせ誰も見ていないのだということに思い至ると、すぐにどうでもよくなった。

駅前に近づくにつれ、サラリーマンや運送業者とすれ違い、今日が平日であることに気がついた。社会との接点はいつの間にか希薄になっていた。料理や洋服やサービスをただひたすらに消費し、金を積んで得られるだけの関係はむなしかった。

駅に向かう道を脇にそれ、商店街へ向かう。最近はほとんど車移動だったから、久しぶりに通った気がする。いつも閑散としていた商店街は変わらず人気がなく、妙に落ち着く気分になった。