どんな高級料理よりも

「いらっしゃい!」

 相変わらず立て付けの悪い引き戸を開けると、女将(おかみ)さんの笑顔と子供たちのにぎわう声が丈秀を出迎えた。

あれから三カ月。丈秀の金を使ってなんとか経営を立て直した〈キッチン・ハラダ〉はほそぼそと営業を続けている。子ども食堂も継続され、以前ほどではないものの、子供たちがおなかいっぱい食事をするための貴重な場所になっている。

「いつもありがとね」

「いつもって、今じゃタダ飯食べさせてもらってるんで、こっちがお礼言わないといけないくらいですよ」

「何言ってんの。秋田さんは恩人じゃない」

 女将(おかみ)さんへのあいさつもそこそこに、いつもの席に腰を下ろし、いつもの唐揚げ定食を注文する。ちらりと見える厨房(ちゅうぼう)には修吾の後ろ姿が見える。

「新しい仕事は順調?」

「ええまあ。慣れないことばっかりで、年下の上司に怒られてますけど」

 丈秀はあれから残っていたお金を〈キッチン・ハラダ〉の経営資金にあてた。外車は売り払い、ブランド服もタンスにしまった。良子に渡すことができなかった養育費は、誠心誠意謝って、ようやく受け取ってもらうことができた。

「おばちゃん、俺も唐揚げ食べたい! はい、100円」

「ありがとうね。今作るから待っててー」

 間もなく、丈秀のもとに唐揚げ定食が運ばれてくる。子供たちにも大皿山盛りの唐揚げが運ばれる。店内には相変わらず空席が目立つが、それでも唐揚げを中心に、あたたかな活気が満ちていった。

丈秀は唐揚げを頰張った。からりとした衣を破り、肉汁があふれ出す。おいしくもまずくもないごく普通の味は、どんな高級料理よりもおいしかった。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。