子供食堂を続けてほしい
丈秀の足取りに迷いはなかった。真っすぐに家へと帰り、高級ブランドの紙袋に裸のまま札束を詰め込んだ。サンダルをつっかけて再び家を出た。前に進む足はその歩調をだんだんと早め、とうとう丈秀は走りだしていた。
今日2度目の道を走り抜け、〈キッチン・ハラダ〉の扉を開ける。やはり客はおらず、店じまいの準備をしていた2人が驚いた顔で丈秀を見ていた。
「どうしたんだい、秋田さん。忘れ物?」
「これ」
「これって……どうしたんだい、このお金⁉」
紙袋の中身をのぞいた女将(おかみ)さんがすっとんきょうな声を上げた。
「実は俺、気まぐれで買った宝くじに当たったんです。一通りぜいたくもしてみたけど、ほら、俺は家族もいないし、金だけあっても使い道もなくて。良かったら、〈キッチン・ハラダ〉を続けるために、使ってほしいんです」
「いやいや、そんなのダメよ」
「そうだよ、秋田さん。このお金は自分のために使ってくれよ」
2人はそろって首を振った。だが同じように、丈秀も首を振った。
「自分のためですよ。この店を続けてほしいんです。情けない話だけど、嫁に逃げられて、息子とも会えなくなって。俺は救われたんだ、この店のあったかさに。無くなられちゃ困るんだ。だから寄付として使ってもらえないですかね。そんで、できるなら、子ども食堂も続けてほしいんです」
丈秀はカウンターに紙袋を置いて、頭を下げた。やがて丈秀の耳に、鼻をすする音が聞こえた。
「うれしいねぇ。そんなふうに言ってもらえて」
「ばか。泣くんじゃねえよ、みっともねえ」
「あんただって目の周り真っ赤だよ」
寄り添う2人の姿が、丈秀にはとてもまぶしく、光ににじんで見えていた。