父親の1人暮らしは順調に思えたが…
当時、定年退職したばかりだった父はさぞやショックを受けたことと思います。
「海外は仕事でたくさん行ったから、これからはお母さんと国内の名所を巡って骨休めをしたい」と話していた矢先でした。
兄と私は既に家を出ていたので、父は都内の3LDKの自宅マンションで1人暮らしをすることになりました。仕事人間の父が1人でやっていけるのか心配でしたが、月に1~2回様子を見に帰ると、家の中は母が生きていた頃のように整理整頓されていましたし、食事や洗濯など日常の家事にも困っている様子は見られませんでした。
駐在時代に料理を覚えたらしくレパートリーも結構あるようで、時には私のためにラザニアやタコスなどの手料理を振る舞ってくれました。また、掃除や片付けはあまり得意でないので、週に何日か家政婦さんを頼んでいると話してくれました。
さすがに母が亡くなって半年ほどは家にこもりがちでしたが、もともと社交好きで活動的な性格だったこともあり、大学の公開講座に通ったり、合唱団に入りたいとボイストレーニングを始めたり、大学時代の同級生とゴルフを楽しんだりし始めたのを見て、「これなら大丈夫」と安心していました。
その後、私が仕事の関係で福岡に転居したこともあって少し疎遠になり、家に帰るのは盆暮れ程度になりました。コロナ禍には全然帰れなかった時期もありましたが、昨年久しぶりに帰省した際は全く変わらない様子でした。
ですから、2カ月ほど前に兄からいきなり電話がかかってきた時は驚きました。兄は都内の病院で勤務医をしていて日々忙しいらしく、電話をくれることなどめったにありません。スマホの画面に兄の電話番号が表示された時、すぐに父のことだと察しました。
兄からの電話で分かった父親の衝撃的な事実
開口一番、「お父さん、何かあった?」と尋ねると、電話の向こうで一瞬兄が押し黙る様子が分かりました。まさか母のように……と最悪のケースを思い浮かべた瞬間、兄が怒りを抑えた低い声で言いました。
「オヤジ、詐欺にあったんだよ。国際ロマンス詐欺。地元の警察から連絡があった。ホント、いい年して恥ずかしいよな」
吐き捨てるように言う兄の口調には、父への嫌悪感がにじんでいました。
「国際ロマンス詐欺って映画の『クヒオ大佐』みたいな?」
私はその時、正直、国際ロマンス詐欺についてあまりよく知りませんでした。それで思わず、お気に入りの俳優が主演していた詐欺師の映画の名前を口にしたのです。
「一度も会ったことのない女に3000万円も貢いだんだってさ。俺忙しいから、詳しいことは色ボケ爺に聞いてくれよ」
いきなり電話が切れました。
いつもは冷静沈着で誰に対しても紳士的な態度を崩さない兄が、これほどの暴言を吐くのを見たことがありません。根は繊細な兄だけに、父の“不祥事”に相当傷ついたのだと思います。
慌てて父のスマホにかけましたが、留守番電話に転送されるだけで一向に出る様子がありません。これは様子を見に行くしかないと翌日の仕事をキャンセルし、ネットで羽田行きの飛行機を予約しました。
そして帰省した私は、父の口からあり得ない詐欺事件の全容を聞かされたのです。
●なぜ、窪田さんの父親は大金をだまし取られてしまったのでしょうか。巧妙なその詐欺事件の始まりは1通のSNSメッセージでした。後編【夫婦で悠々自適な老後を過ごすはずが…70代男性から老後資金3000万円を奪い去った人物の正体】で詳説します。
※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。