<前編のあらすじ>

洋祐(35歳)は妻の世那に誘われて登山に初挑戦することになった。妻の趣味だったが、登山仲間の親友が妊娠をして登山に行かれなくなったのだ。

洋祐のためにそろえた登山道具は思いのほか8万円もかかったが、その分当日が楽しみに思えた洋祐だった。

いよいよ登山デビューの日、歩くペースなどを気遣われながら洋祐は登っていく。途中休憩の山小屋カフェで昼食を取った後、頂上にたどり着く。そこで洋祐は視界の狭さと頭痛を感じたが、妻には伝えずに下山へと出発してしまった。

●前編:「トイレに100円払うのか?」理解できないことに金を払わず、登山具に8万円使う「夫に起こった異変」

視界がどんどん狭くなっていく

ベンチで休憩をしながら、世那に気付かれないように大きく息を吸って吐いてを繰り返す。しかし空気が全く体に入っていく気がしない。肺の容量が半分になったのかと錯覚するほどだ。それでも、息を整えようと気持ちを落ち着かせる。このような状況の場合、慌てるのが1番、危ないのだ。ここで変に騒ぎを起こしたところで、どうすることもできない。まずは山を下りなければ、何もすることはできないのだ。

「じゃあ、行こっか」

そう言って、世那が立ち上がった。まだ早いと言いたかったが、そんなことを口にしてしまうと、負けたような気持ちになる。手の力を使って勢いよく体を立ち上がらせる。

頭が鉄球でもつけているのかと思うほど、重たい。視界はどんどん隅が黒くなっていて、ほぼ正面しか見えなくなっていた。世那がこちらに向かって何か話している。目の前にいるのに、声があまりにも遠い。下山の道順を説明してくれていたようだが、一切頭には入ってこなかった。