母親が手紙に綴っていた本音と後悔
私が上京して間もなく両親は離婚しました。やがて母は甥を溺愛する義姉と不仲になりアパートを借りて家を出ましたが、亡くなる直前まで給食センターで働いていたそうです。
近くに住んでいても、ほとんど兄一家との交流はなかったとか。身内と人間関係をうまく結べない母らしいと思いました。そして1カ月ほど前、自宅で亡くなっているところを発見されたのです。母の遺体を見つけたのは、幼なじみの正枝さんでした。
ちなみに、母は自分の葬儀について互助会で手続きをし、支払いも済ませた上で書類や領収証を正枝さんに預けていたそうです。
母の葬儀を済ませた兄はアパートの片付けをしていて私宛ての手紙と、500万円の預金通帳を見つけました。便箋5枚ほどの手紙には私への溢れんばかりの思いが綴られていました。
男ばかりの兄弟で育ったため、女の子を授かったことがうれしくてたまらなかったこと。学歴のないコンプレックスから、自分の考える理想のしつけや教育を私に強要してしまったと後悔していたこと。手紙の最後には、「香苗には何もしてやれなかった。せめてもの償いとして、少しずつ貯めたお金を受け取ってほしい」と書いてありました。
私のことを疎んでいるとばかり思っていた母の意外すぎる本音を知らされ、戸惑いを隠せませんでした。すると兄は、私におもねるようにこんな提案をしてきたのです。
「香苗にとっては500万円なんてはした金だろう? 良かったら相続放棄してくれないかな? もうすぐ息子が結婚する予定で、今、うちは何かと物入りなんだ」
上目遣いで私の顔色をうかがう兄の表情がとても卑しく見えました。あの家族思いで優しい兄がこんなことを言い出すなんて。
確かに、今の私は母の援助がなくてもやっていけます。しかし、あの手紙を読んでしまった以上、母が私のために貯めておいてくれたお金を受け取らないわけにはいきません。
加えて、両親が離婚する際に自宅は兄名義に書き換えたと聞きました。兄妹平等に親の遺産を受け継ぐのなら、この500万円を私がもらっても文句は言えないはずです。
兄の説得は延々1時間近くに及びましたが、私は絶対に首を縦に振らず、兄は「お前は変わらないな」と吐き捨てて帰っていきました。