共働きなんて、かっこつかない

エステティックとランチを終えて、家に帰ると、玄関に見慣れない安物の靴が2足並んでいた。

「……誰よ?」

恐る恐るリビングに入ると、テーブルに座っていたのは麻美の両親だった。

「はぁ?」

思わずすっとんきょうな声が出る。千葉の奥のほうに住んでいる両親が、何の前置きもなく家に来るなんてことは今まで1度もなかった。明らかに、宗尊が仕組んだことだと分かった。

「麻美、座りなさい。話がある」

昔から厳格な父は仏頂面のまま言った。家に入り込まれてはなすすべがなく、麻美はおとなしくテーブルについた。

「ねえ、宗尊さんから話聞いたわよ。どうして、引っ越すのが嫌なのよ?」

早速単刀直入な母の言葉に、麻美は投げやりにリビングを指し示した。

「むしろ何で引っ越さなきゃいけないのよ。そんなことできるわけないでしょ⁉ 私はただ、黙って引っ越すっていう考えしかないのが嫌なの! もっといろいろとやりようがあるでしょ⁉ 副業をするとかさ、そうやって残る方法を考えない宗尊の姿勢が嫌なのよ!」

もちろん、これはうそだ。ただ、タワマンの最上階に暮らしているというきらびやかなステータスを失いたくないだけだ。しかし、そんなことを言っても、両親に理解を得られるわけがないことも分かっていた。

「そんなにここに住みたいのなら、パートでも何でも、お前が働いて稼げば良い。宗尊くんも、それで家賃がまかなえれば、引っ越しなんて考えないだろ?」

父が口を開く。

「絶対に嫌。パートなんて、あんなの、みっともない……」

「みっともないだと……?」

父の疑問に怒りが込められている。しかし、麻美は臆せず、声を張り上げる。

「だってそうでしょ! 夫婦で共働きなんて、かっこつかないじゃない! このタワマンにはそんな人いないの。私はそんなの絶対に嫌だから!」

突きつけた大声から一点、リビングが水を打ったように静まり返る。にわかに赤みを帯びた母の目元が、その沈黙の意味を雄弁に語っていた。

麻美の実家は貧しくこそなかったが、決して裕福とは言えないごく普通の家庭だった。父は会社員で、母はスーパーでパートをしながら、麻美と弟2人を育て上げた。感情的になって自分の生い立ちを完全に忘れ去り、2人が築き上げたものを否定するような言葉を吐いていたことに、麻美は遅れて気づかされた。

「お前は、それでいいだろう。好きに暮らせばいいさ。でも、純くんはどうなる? 今はまだ小学生だが、お金がかかるのはこれからだろう。無理な暮らしで貯金を切り崩すようなことになれば、子供の進学にだって影響が出る。親として、それは少し無責任なんじゃないか?」

諭す父の言葉に、麻美は反論ができなかった。