美律子は、早朝から家の中を慌ただしく動き回っていた。広々としたダイニングキッチンには、美津子が手作りした前菜やサイドディッシュが並べられ、オーブンからは食欲を誘うローストチキンの香りが漂っている。

「わぁ、良い匂い。僕、もうおなかペコペコだよ」

「みんなが来るまで、もうちょっと待っててね」

小学生の息子が待ちきれない様子でオーブンをのぞき込んでいる姿を見て、美津子は思わず口元を緩めた。

「お、今回も気合が入ってるな。コイツでワインを飲むのが楽しみだ」

キッチンにいる美津子と息子を見つけた夫も近くに来て会話に加わった。

全く同じしぐさでオーブンの中にあるチキンを見つめる夫と息子に、美津子は笑いを堪えながら言った。

「2人ともはしたないわよ。ゲストの前では、お行儀よくしてね」

「分かってるよ」

夫と息子が声をそろえて振り向いたとき、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。招待した息子の同級生家族が到着したのだろう。

「僕が出るー!」

そう言ってバタバタと足音を立てて駆けだした息子の後を追って、夫も玄関へゲストを出迎えに行った。

キッチンに残った美津子は、改めて部屋の中を見渡して、ゲストを迎えるための最終確認をした。小ぶりな花瓶に視界をさえぎらない程度の控えめな花が飾られたダイニングテーブル。きれいにアイロンがけされたテーブルクロス、顔が映りそうなほどピカピカに磨かれた食器類。自分でもほれぼれするようなレストラン顔負けのテーブルセッティングだ。

当然、完璧主義の美津子は、料理の準備にも余念がない。ゲストのアレルギーや好き嫌い、リクエストなどを考慮して、何日もかけて考えたフルコースのメニューだ。

(花瓶よし! テーブルセットよし! 料理よし!)

おもてなしの準備が完璧なことを確認した直後、夫と息子がゲストたちをダイニングへ案内してきた。美津子は居住まいを正して笑顔で彼らを迎える。

「みなさん、いらっしゃい。今日は来てくれてありがとう」