母親としての責任
「梨奈さん、ちょっといいかしら? 今回のことは本当にごめんなさい。でも、私に責任がどうのという前に、梨奈さんにだって母親の責任があると思うの」
「は?」
一方的にやりこめられるはずの早月の反撃に、梨奈は言葉を失って固まっていた。早月は梨奈の腕のなかで泣きじゃくる祥太を抱きかかえ、左右に揺らしながらあやす。
「祥太のことがかわいいから、これまで目をつむってきたわ。でも、最近の梨奈さんはちょっと目に余ると思うの。あなたが私のことを単なるベビーシッターとして扱うのなら、私もあなたを依頼主として扱わせてもらうわ。ということではい、これお願い」
そう言うと早月は、携帯のメモ機能を開いて梨奈の目の前に突き付ける。そこに表示されていたのは、これまでの祥太の託児を時給換算した“保育費”だった。
「お義母(かあ)さん、何ですかこれ?」
「ベビーシッターってね、だいたい時給2000円くらいなの。だからもし祥太を預かるのが仕事だったら、いつも昼から夕方まで5時間くらい預かっているから、1日あたり1万円ね。祥太が生まれてから今までの分を計算したら――」
「ちょっとお義母(かあ)さん何言ってんですか⁉」
梨奈の顔は怒りで赤く染まっていった。早月がこんな形で金の話を持ち出すのは予想外だったのだろう。
「お義母(かあ)さん、身内からお金とる気⁉ 孫の世話をしたくらいで、時給なんて発生するわけないでしょ⁉ 何さまのつもりなんですか。息子の嫁から搾取するなんて最低です!」
われを忘れて憤慨している梨奈を見つめて、早月は静かに息を吐く。
「冗談よ。息子夫婦にお金を要求するほど困ってないもの。だけどね、梨奈さん。これだけたくさんの時間、あなたは私に育児を任せてきた。それは紛れもない事実だと思うの」
「……だから、何だって言うんですか⁉」
梨奈は不信感丸出しで早月をにらみ付けてくるが、早月は全くひるまない。
「祥太の母親は梨奈さん……あなたなのよ。自由な時間が欲しい気持ちも分かるけど、毎日のように姑を呼びつけて子供の世話を任せる生活はおかしいと思うわ。会社から育休ももらってるんでしょう? これを機にしっかり祥太と向き合う時間を増やしてみた方がいいと思うわ」
早月はできる限り穏やかに語りかけた。梨奈に少しでも冷静になってもらいたいという思いからだったのだが、梨奈は早月の話が終わるや否や、声を張り上げて言った。
「ああ、そうですか! 分かりましたよ! そんなに言うならもうお義母(かあ)さんを祥太には会わせませんから!」
梨奈は早月にたんかを切ると、祥太を再び早月から取り上げた。祥太はまた泣き出したが、梨奈はあやすことなく踵(きびす)を返し、病院を出て行く。
取り残された早月には、梨奈が心を入れ替えてくれるのを祈ることしかできなかった。