妻には見透かされていた

その後も採用を勝ち取ることができず、涼は近所のスーパーで品出しのアルバイトをしながら転職活動を続けた。もうだんだんと慣れつつある冷たい視線を向けられ、自分の無価値さを強引に確かめさせられ、涼は帰路についた。

しかし真っすぐ帰ることはせず、河川敷に座り、グラウンドで練習をしている少年野球チームを眺めた。彼らを見ていると、心が洗われ、惨めな思いが紛れるような気がした。

投手をやっている子はエースらしい振る舞いをしていて、自信に満ちあふれている。自分もそうだったなぁと涼はほほ笑ましく思った。涼は野手だったが、元気のよい後ろ姿にかつての自分を重ねていた。

「また、ここにいるの?」

振り返ると、楓の姿があった。

「あなたがここに来てるの、何回か見てたから。今日もそうかなぁって思って来たんだ」

「に、新奈は?」

「実家で遊んでる。今から迎えに行くところ」

涼は気まずさを感じてうつむいた。その涼の肩に、ぼすっと何かが当たって落ちる。使い込んだ懐かしい革のにおいがするそれは、捨てたはずのグローブだった。

「どうしてこれ、捨てたはずじゃ……?」

「捨てるわけないじゃない。大事なものでしょ。それに、元プロ野球選手のグローブだよ? プレミアがついて売れるかもしれない」

楓は冗談めかして言って、涼の隣りに腰を下ろした。河川敷からは金属バットがボールを打つ軽やかな音が響く。

「やっぱ野球、好きなんでしょ?」

図星を突かれ、涼は言葉に詰まった。考えていることのすべてが楓には見透かされているような気がした。

「別に選手じゃなくたっていいんじゃない? 野球への関わり方なんていっぱいあると思うし、どうしてもっていうなら別だけど、こだわることじゃないと思うな」

「いや、でも、もう楓たちに迷惑は――」

言いかけた言葉をさえぎるように、楓の手が涼の肩をたたいた。大した力を入れていないはずのそれは、涼の身体に深く重く響いた。

「今更何言ってんの。私も新奈も、ここまでついてきたんだよ? 涼が納得いくまで挑戦するのに、迷惑なんて思わないよ」

楓は笑った。夕日に重なった楓のシルエットが、あっという間ににじんでいった。涼は顔を伏せ、歯を食いしばったが、あふれる感情は制御が効かなかった。

「なんかあるんでしょ? 話したいこと」

涼は久田からの提案について楓に話した。そして、まだ野球から離れたくないこと、身勝手ながら理学療法士を目指してみたいことを伝えた。反対されても構わなかった。どんなに身勝手で、迷惑でも、これが涼の正直な気持ちだった。

「最高じゃん! それ、絶対に涼にしかできない仕事だよ! 絶対やったほうがいいって!」

「でも、今から資格取るってことは、3、4年は掛かるし……」

楓は強い目線を涼に向ける。

「関係ない。無理やり仕事をやっても続かないんだから、心からやりたいことをやるべきだよ。それに貯金だってまだあるし、私たちの生活は全然心配しなくていいから」

「……ありがとう」

「うん。それじゃ、新奈を迎えに行こうよ」

楓と涼は立ち上がる。西の空に沈んでいく真っ赤な夕日が、目に焼き付いていた。