売れてる妻と売れてない夫
それから1年の時が過ぎ、千尋は編集部に呼び出しを受けた。
神妙な面持ちの担当者は携帯を渡し、とあるアカウントを見せてきた。
「これ、志藤先生のアカウントなんですけど、ここで先生が漫画を描いてアップしているんです」
「えっそうなんだ」
千尋はその内容を見て驚いた。
タイトルは『売れてる妻と売れてない夫』。
妻・ちーと夫・たくが出会い、結婚し、離婚するまでの日々を虚実が混ざるコメディー風に描く作風は、これまでの志藤現在の作品とは全く異なるものだった。
「どうします? 編集部ではアゲハ先生の意向にのっとって対応するということになっていますが……」
千尋はその漫画を見ながら、千尋はほほ笑む。
「気にしなくていいですよ。もう昔のことですし」
「そうですか……。先生がそうおっしゃるのなら……」
千尋は担当者に携帯を返す。
「先生、何でうれしそうなんですか?」
「そうですかね? でも面白い漫画に出会ったら、うれしいじゃないですか」
千尋の胸中では、卓志が漫画を描いていることへの安堵とあれだけ嫌がっていたSNSで漫画を描いていることへの驚きが入り交じっている。志藤現在はプライドを投げ捨てて、漫画家としての再起に勝負をかけている。
千尋と卓志は夫婦になり損ねた。
けれどこれまでも、そしてこれからも、たとえ距離は離れていても、2人は戦友でいられる。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。