公正証書の効力に隠された意外な落とし穴
事実は小説よりも奇なりとはいったもので、物語のオチは意外な結末を迎える。忍田さんの差し押さえは失敗に終わったのだ。忍田さんは公正証書を用いて強制執行をしたのだがそれが空振りに終わったからだ。
読者諸兄はこの点について「?」と疑問に思っただろう。それについて順に解説していく。
そもそもだが強制執行して財産を差し押さえようにも相手に財産がなければそれができないのだ。公正証書があってもその点に変わりはない。忍田さんが公正証書の記載内容に沿って差し押さえ手続きを実行しても吉川さんに財産がなければそれは空振りに終わる。
「公正証書さえ作れば絶対に安全だと思っていたのに……」
忍田さんは当時のことをそう振り返った。
公正証書は契約が履行されることの保証書ではない
忍田さんは2024年5月現在でも1円たりとも吉川さんから返済を受けられていない。吉川さんの事業はうまくいっておらず、今後うまくいく見込みもない。なぜなら吉川さんは現在事業活動をほとんど行っておらず、無職の状態であるからだ。
そうなると今後忍田さんが吉川さんから返済を受けることはもちろん、差し押さえによって返済を実現することは現実的に不可能だ。
公正証書は、確かに記載されている内容が事実として扱われるようになる強力な書類である。しかしながら、そこに記載されている内容が必ず実現されるという保証書ではない。差し押さえがうまくいかず空振りに終わることは決して珍しくはないのだ。
最後に忍田さんは私にこう伝えた。
「まさか、財産がないと差し押さえができないというのは盲点でした。SNSで見たことをそのまま信じ込むのは危険ですね」
SNSでは公正証書について絶対の文書のように扱われることも少なくない。だが、金銭の取り立てを最終的な目的とする場合、差し押さえについてまで考えなければ、公正証書はただの紙切れになるリスクがあることを知っておかなければならない。
繰り返すが公正証書は絶対の保証書ではない。公正証書を作成する際は必ず、万一のこととなった場合は相手の財産をどのように差し押さえるか。ここまで考えて作成を依頼するべきだろう。
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。
※登場人物はすべて仮名です。