外出先で会社の後輩と鉢合わせ

久しぶりの外出だった。頭上から降り注ぐ5月の日差しに押しつぶされるように、佳保は背中を丸めた。弘幸はそんな佳保と並んで歩きながら、しっかりと手を握ってくれている。

「ちょっとさ、外に出ない?」

弘幸がそう提案してきたのはほんの数時間前。早苗がサークルで外出していた土曜の朝のことだった。

「気分転換にさ、映画でも見に行こうよ」

弘幸の提案に佳保は迷いながらうなずいた。正直、外出するのは不安があったが、迷惑をかけている申し訳なさから断ることができなかった。

映画館についた佳保たちは、早苗が友達と見に行って「絶対泣けるよ」と絶賛していた恋愛映画を見た。若い子とは感性が違うのだから……と思っていたが、泣けた。感動という大きな感情の前には年齢なんてものは関係ないのかもしれない。

「あれ、佳保さん?」

映画館を出たとき、後ろから声をかけられた。振り返ると繭香がいた。

「久しぶり……」

「やっぱり佳保さんだ。お久しぶりです」

自分の不運を呪(のろ)った。休職をしているくせに、休日に夫と映画を見に来ているところを見られた。サボっていると思われたかもしれない。

佳保はとっさにいいわけをしようと思ったが、何も言葉が出なかった。

すると、弘幸が一歩前に踏み出す。

「あ、もしかして佳保と同じ会社の方ですか?」

「はい。えっと……、初めまして。喜多村繭香といいます」

「初めまして。夫の内海弘幸です。今日は妻に無理言って映画に誘って見に来てたんです」

「そうなんですね。私も映画を見に来てたんですよ。元気そうで少し安心しました」

繭香がほほ笑み、佳保は伏し目がちに答える。

「体調はだいぶ良くなったんだけど、どうしても仕事に行くってなると、体が言うことをきかなくて……。皆には申し訳ないと思ってるんだけど」

佳保はどうにかして自分の症状を説明したかった。しかし言葉でどう表現していいのか分からない。

「いえいえ、気にしないでください。仕事は皆でなんとかなってますので」

気を遣って言ってくれただけなのかもしれないが、現場の人にそう言ってもらえると少しだけ心が和らぐ。

「今更こんなこと言ってあれなんですけど、私、ちょっと佳保さんのこと、心配してたんです」

「心配?」

「はい、実は私の友人も同じような経験をしてて」

「そ、そうなの?」

繭香は眉尻を下げてうなずいた。

「その子、真面目で責任感があって、仕事もバリバリやってたんですけど。あるときから、私に体がだるいとか会社に行きたくないとか相談してくるようになったんです」

「え……」

「でも、五月病だってその症状から目をそらして、仕事をし続けた結果、鬱(うつ)になっちゃって……」

そこで繭香は言葉を切った。

まるで自分自身の話を聞いてるようだった。

「そう、だったんだ……」

「だから、佳保さんが課長になって何でも抱え込むようになったのを見て、ちょっとそのときのその子に似てるなって思って、私、心配してたんです。でもなんて声をかけていいのか分からなくて」

佳保はかつての自分を思い返す。

思えば、慣れない仕事ばかりで、それを何とかこなそうと躍起になっていた。周りを頼ることを弱さだと思いこみ、自分ひとりで何とかしようとするばかりだった。

「あの、だから、ゆっくり休んでください。会社は全然問題ありませんから。それともし復帰したら、私たちを頼ってください」

繭香は真っすぐに佳保を見据えていた。

「……うん、ありがとう」

佳保は繭香に感謝を告げる。映画を見にきてよかったと思った。