パーティー解消の決断

夏織はゲームの電源を落とし、リビングで徹を待った。静かな部屋はまるであちこちに穴があいているみたいにうすら寒かった。徹が帰ってきたのは23時を過ぎたころだった。

「ただいま」

リビングまでやってきた徹は一瞬固まったあとにそう言った。

「おかえり」

夏織は応えて立ち上がり、ダイニングテーブルの上でラップをかけられている料理を温めた。冷蔵庫からビールを取り出し、料理と一緒にテーブルへと並べ直す。

「食べながらでいいんだけど、話があるの」

「疲れてるんだけど、今じゃなきゃダメ?」

「うん、今がいい」

声音から夏織の真剣さを感じ取ってもらえたのか、徹は眺めていたスマホを置いた。黙って焼きうどんを食べ始める徹を見ながら、夏織は深く息を吸った。

「徹はさ、わたしのためだっていつも言うよね」

「だってそうだろ? 夏織のためっていうか、2人の生活とか将来とか、そういうもののためだよ」

「うん、分かってる。それはすごくうれしい。徹がわたしのことを考えてくれてて、徹の人生に関われていることがすごくうれしい」

夏織はでもね、と続けて、深く息を吸った。

「わたしは別に、裕福な暮らしがしたいわけじゃないの」

「じゃあ貧乏がいいの?」

「裕福か貧乏かじゃないの。わたしはただ、楽しく暮らしたい。これまでみたいに2人でゲームして、夜更かししちゃって最悪だ~って会社行って、そういう毎日を、徹と一緒に続けていきたいよ」

徹は黙ったままだった。缶ビールの栓をあける音が頼りなく響いた。

「夏織、それはさ、少し無責任なんじゃないかな」

「無責任、かな」

「無責任だよ。結婚ってさ、家族になるってさ、そういう楽しいことだけじゃ片付かないだろ? 家族のために出世しようと思うのは当たり前の責任なんだよ。だから仕事もそう。責任があるんだよ、俺には」

徹が言っていることはたぶん正しい。しかしそれでも、夏織は自分のこの気持ちが間違いだとは思えなかった。

「ファイナルフィクションね、前のチュートリアル終わったままだよね。知ってる? 今回のマップ、『ファイフィクⅠ』のオマージュなんだって。徹、『Ⅰ』好きだったよね。わたしずっと待ってたんだよ。徹とまたゲームできるの」

「だから!」

徹の鋭く固い声がリビングに響いた。テーブルをたたいた拍子にビールの缶が倒れた。テーブルをぬらし、床へ滴る琥珀(こはく)の液体を、夏織はただ眺めていた。

「そりゃ俺だってやりたいよ。でも疲れて帰ってきてんだよ。真面目に働いてんだよ。ゲームなんてできるわけねえじゃん。やる気になんねえよ。それなのに、お前はピコピコピコピコ夜中まで、くだらないことでずっと遊んでてさ! そういうの見てると腹立つんだよ!」

くだらないという言葉が、これまで必死につなぎ留めていたものに容赦のない罅(ひび)を入れていった。

「なら、わたしのためって言うのは、何だったの?」

徹は夏織の知らない表情で、浅く、冷たく、笑った。

徹は変わってしまった。あるいは、夏織が変えてしまった。結婚したことがきっと徹には重荷だったのだ。大好きなゲームすらできなくさせるほどの、重圧だったのだ。

「……ごめんね、もう別れてください」

「勝手にしろよ」

立ち上がった徹は焼きうどんを半分も食べずにリビングから立ち去っていった。力任せに閉められた寝室の扉が、この家の床のあたりに沈むよどんだ澱(おり)をかき混ぜた。

夏織はティッシュを手に取り、テーブルと床をぬらすビールを拭き取った。表面張力で少し膨らんだ琥珀(こはく)色の表面で、いくつもの泡がはじけて消えた。