心のヒットポイントの限界値

あの日以来、徹とのあいだには溝ができていた。

徹の残業続きの日々は続き、定時そこそこに家に帰ることのできる夏織は自宅で料理を作り、独りゲームをした。以前とそう大きく変わらない毎日のはずなのに、隣りに徹がいないというだけで、味のなくなったガムをいつまでもかみ続けているみたいな違和感があった。

――いつまでもゲームばっかりして。

母親たちのぼやきが、嫌みなくらいな鮮やかさでよみがえる。

夏織だって分かっている。ただ楽しく過ごしたいだけなのだ。たしかにこれは子供じみた願望なのかもしれない。けれどたった1度の人生だ。自分が好きなことに熱中し、楽しい時間を謳歌(おうか)することの、一体何がいけないというのだろうか。

魔獣が吐き出した黒い炎の効果音が、夏織を現実へと引き戻した。

ぼーっとしていてコントローラーを操作する手が止まっていた。夏織は慌てて体勢を整えて反撃に移る。しかし今の攻撃で重いやけどを負ったらしいザンテツのHPは、フィールドを走り回るたびに少しずつ減っていった。

回復アイテムは持っていなかった。いつもなら徹の操作するヴィオレットが魔法で回復させてくれていたから、油断していた。

魔獣の攻撃をかわす。接近して大剣を振り下ろす。ヒットアンドアウェーを繰り返す。ザンテツのHPは少しずつほころんだ夫婦生活を象徴するように、着実に削られ、すり減っていく。

けっきょく魔獣を倒すよりも先にザンテツが力尽きた。画面がブラックアウトして、ザンテツは近くの街に飛ばされる。ペナルティーとして、所持金の半分と集めていた装備のいくつかが失われていた。

たぶんもう、限界だった。