作田の「好プレー」

その後、典子の働きかけにより、少し遅れて歓迎会が開かれた。あくまで花林の歓迎会なので、ご自身の要望通り、花林の横には作田を座らせる。

「私って、どっちかっていうと男っぽいっていうかぁ、だから同性よりも異性といるほうが居心地いいんですよねぇ。気遣わなくていいし!」

早速、テーブルの真ん中では花林節がさく裂していた。作田はさすが営業部のエースと言わんばかり、嫌な顔ひとつせずに花林の話に相づちを打っている。

千帆や典子はテーブルの端でお互いのプライベートな話なんかに花を咲かせながら、運ばれてくる料理をつまんでいた。

「それでどうなんですか? 千帆さんの彼氏は?」

典子は千帆の彼氏のことを尋ねてくる。千帆には付き合って6年になる4つ年下の彼氏がいる。

「さあね。相変わらずよ」

お酒が入ったせいもあってか、千帆は少し大げさに肩をすくめた。典子の言うどうなんですか、とはつまり、結婚はしないのかということだった。

「ええ、千帆さんって彼氏いるんですか~?」

いつの間にか隣にやってきていた花林が甲高い声で会話に割り込んだ。ひょっとすると作田に相手にされずにここまでやってきたのかもしれない。しかし横目で確認した花林の表情は、先ほどの妙な上機嫌のままだった。

「うん、まあ」

「結婚するんですか?」

「それはどうかなぁ。ほら、タイミングもあるし」

「またまた強がっちゃって。むしろタイミング逃しまくってますよ? その彼氏と結婚しなかったら、もう結婚チャンスないですって。 もう38ですよね?」

「……そうかもねぇ」

ほどよく温まっていた典子との会話の空気は急激に冷えていった。ほろ酔い気分も台無しだったけど、千帆は怒りを表に出さないようテーブルの下で拳を握り、努めて穏やかに返事をした。

「そんな感じでどうするんですか? 土下座して結婚してくださいってお願いしたほうがいいんじゃないですか?」

「別に、結婚を望んでいるわけじゃないから」

花林はキャハハとうれしそうに笑う。酔っているようには見えなかったが、酔っていても酔っていなくても腹立たしいことは変わらなかった。

「何だかこじらせちゃってますよね~。結婚したくないなんて思ってるわけないじゃないですか~」

「ほら増田さん、今の時代、結婚がすべてじゃないでしょ? いろんな関係があっていいと思うけど」

典子がすかさず助け船を出してくれる。もちろん花林がこの程度で引き下がるはずもないことは、千帆も典子も分かっていた。

「でも、私は千帆さんは結婚した方がいいって思うんですよ~」

「どうして?」

「だって千帆さんって私に対してスゴい嫌みなことばっかり言ってくるじゃないですか。それって欲求不満だからじゃないですか?  だから結婚したら、そういうのもなくなって、私も助かるっていうか~」

我慢の限界だった。握りしめた手が震え、酔いの覚めた頭のなかが真っ赤な感情で塗り替えられていった。千帆は気持ちを落ち着かせるためではなく、鋭い言葉を吐き出すために深く息を吸いこんでいた。

しかし、千帆の怒りが吐き出されることはなかった。代わりに作田のよく通る声が、テーブルに響き渡っていた。

「増田さんはスゴいこと言いますね」

作田に話しかけられたことがうれしいのか、花林は喜々として作田を振り返る。

「そうなんだ。私、昔からサバサバしてるねって、みんなから言われるの~」

笑う花林を作田は冷たく一見する。

「いや、違うよ」

「え?」

「サバサバしてるって、物事に執着しない性格っていうか、もっとあっさりした人を言うと思うんだよね。でも、増田さんはやたら結婚にこだわってるみたいだし、千帆さんに対してもしつこく絡んでるでしょ? それってすごくネチネチしてるし、だいぶこってりした豚骨ラーメンみたい」

「ネチネチ……? 豚骨……?」

「うん。俺、めっちゃ苦手」

作田はそれだけ言うと、また酒を飲みすすめる。花林はそんな作田をぽかんと口を開けて見つめていた。ハトが豆鉄砲を食ったようにという表現がぴったりな顔だ。

そんな花林の顔を見ていると、おかしくなって、千帆は笑いを堪える。他の参加者たちも一様に同じように笑みをかみ殺していた。