強欲な姉夫婦
姉の由佳理は最初嫌がってはいたものの、登司がもう長くないと電話で聞くと重い腰を上げ、夫の哲也を連れてやってきた。哲也について明理はあまり詳しく知らない。ただ良くないうわさがあるということだけは事実だ。
「久しぶりね」
「あ、うん。お父さんのこと見舞ってあげて。部屋にいるから」
「嫌よ。面倒くさい。死にそうな人って他人から生気を吸い取るらしいから。私、そんなの嫌だもの」
そう言うと由佳理はずかずかと家に入っていく。由佳理の背中を見て、明理はため息をついた。
由佳理の家はここから近いのだが、登司との不仲が理由でこの家に近づこうとはしない。父親が倒れても病院に顔を出すこともないところから、その溝の深さがうかがえる。
「ねえ、お茶出して。あっつい中来たんだからさ~」
「う、うん。ちょっと待ってて」
台所から麦茶をリビングに座る2人のところに持って行くと、2人は断りもなくタバコに火をつけ、父が昔使っていた灰皿にタバコの灰を捨てていた。
昔から変わってない。由佳理はずっとこんな調子だ。そしてこれからも変わることはないのだろう。
明理は麻央に父の部屋から出ないようにと連絡をする。この2人に麻央を会わせるのが嫌だった。そしてリビングで2人に登司の状況を説明する。
「ふ~ん、そうなんだ」
由佳理は興味がなさそうにつぶやいた。
「ね、ねえ、お父さんのことなんだから、もうちょっと真剣に聞いてよ」
「あの人がどうなろうと興味ないわよ。だって私はやる事なす事、反対されてきたんだから」
由佳理と登司の仲は確かに良くなかったが、決定的に溝が生まれたのは哲也との結婚だ。
哲也との結婚に登司は大反対した。そのとき哲也はまともに仕事もせず、パチンコやスロットをやっていたらしい。そして今もきっと同じような暮らしをしているのだろうと明理は思う。
「ねえ、お父さんって遺産結構あるのよね? この家も売れば良い値段するんでしょ?」
由佳理がそわそわしながら聞いてきた。その質問に明理はげんなりする。
登司は昔では珍しく若いときから投資をやっていて、それなりの資産を形成していた。期待する気持ちは分かる。とはいえ、無粋すぎる。
「そんな話やめてよ」
まるで由佳理は父の死を願っているように聞こえた。
リビングのドアがすっと開くと、そこには麻央に支えられた登司の姿があった。
父を見て、由佳理たちはばつが悪そうに目をそらす。
「お父さん、どうしたの?」
「遺産がどうのという話をしていたな」
「ああ、それは忘れて」
明理は慌てて、訂正する。麻央は父をいつも座っていた座椅子に座らせた。
「いや、そういうのはしっかりと話さないといけないだろう。麻央、棚に白い封筒があるから取ってくれ」
言われるがままに麻央は封筒を見つけ、登司に渡した。
「これは、遺言書だ。今からその中身を読んで聞かせる」
登司がそう言うと、由佳理たちは身を乗り出した。
「えっ⁉ ほんと⁉ 読んで、読んで」
登司は震える手で封筒を開く。
「遺産分配については、孫娘の麻央に半分を相続させる。そして残りの半分を由佳理と明理の2人に均等に相続させるものとする」
登司が読み終わったとき、その場にいた全員が驚愕(きょうがく)の表情をしていた。
●強欲な姉は、姪の麻央より遺産の額が少ないことに納得するのだろうか? 後編【「遺産の半分は孫に」遺留分が納得できず父の遺言書を燃やしてしまった姉への“天罰”とは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。