一箱9万円の青汁
それから宗義は寝たきり状態となり、蓮美と数子の2人が家で介護をするようになる。
とはいえ、蓮美も仕事をしていて、どうしても数子の負担が大きくなってしまった。
「お義母(かあ)さん、もしあれだったら、ヘルパーさんとかに手伝ってもらおうか?」
蓮美がそう提案すると、数子は力なく笑った。
「いいのよ。全然苦じゃないから。あの人がね、また昔のように元気に笑ってくれそうな気がしてね。それを待っているのが楽しみなの……」
数子の気持ちはありがたい反面、怖くもあった。
医者の話では年齢的な面で、これから回復をする可能性はほぼなかった。
そして希望を持っているからこそ、それがかなわなかったとき、数子がどうなるのかと考えると恐ろしい気持ちになるのだ。
それからも数子は宗義の介護を献身的に行うのだが、それと同時に健康に関する本をあさるように読むようになる。そこで得た知識を毎回、蓮美たちに話してくれるのだが、だんだんそれが思ってもない方向に進むようになった。
ある日、リビングに入ると、大きな段ボールが壁際においてあった。
「お義母(かあ)さん、これはなんですか?」
「ああ、注文していたのが届いたのよ。青汁なんだけどね」
「へえ、青汁ですか」
「やっぱり青汁っていうのが百薬の長らしいのよ」
「ああ、なんかお酒にそういうこと言いますよね」
「それはウソなのよ」
数子はぴしゃりと言い切った。
「え?」
「お酒はダメなの。青汁じゃなきゃダメなの。それも普通のヤツじゃダメ。きちんとしたところの青汁じゃないと意味がないのよね」
「そ、そうなんですか……」
それから数子はうれしそうに段ボールを開けて、そこから粉末タイプの袋を取り出した。
そしてすぐに台所に入って、青汁を作る。
「夫に飲ませてあげないと。これを飲み続けるだけで、どんな病気も治るらしいわ」
そう言って数子は足取りも軽く宗義が眠る寝室に向かった。
蓮美の中で、えもいわれぬ恐怖が渦巻いていた。
青汁でどんな病気も治る?
聞いたことがなかった。
青汁というのは免疫力を高める効果があるが、病気を治すという話は聞いたことがない。そこですぐに蓮美は数子が注文した青汁のパッケージを確認し、メーカー名を検索すると、そこには衝撃の文字が躍っていた。
「ヤマトカロチン? なんだそりゃ?」
食卓でみそ汁をすすった宗一はへの字口を作る。
「だから、その会社が言ってることなのよ。その会社が独自栽培に成功したケールにはヤマトカロチンっていう栄養があって、その青汁を飲めば、どんな病気でも治るって言ってるのよ」
それを聞き、宗一は鼻で笑う。
「そんなの詐欺じゃん」
「そうよ。でもそれをお義母(かあ)さんは信じて、買っちゃったの」
「ああ、そうなんだ」
「しかも値段も1箱9万円よ。1日分が3000円もするんだから」
「……そら高すぎるな」
「別にお義父(とう)さんがしっかり仕事をしてくれていたから、蓄えには余裕があると思うけど、これはいくら何でもやりすぎでしょ? あなたから、なんとか言ってよ?」
「んー、まあまあ分かったよ」
そう言ったのだが、結局宗一は何もしてくれなかった。