母と息子の秘密
そんなある夜、麻紀は勉強をしている昭人のもとに夜食のおにぎりを届ける。
近々、中間試験があり、それに向けて昭人は睡眠時間を削って勉強をしていた。
もし、これで良い成績が残せないようなら、憲史がどうなるのか想像もしたくない。昭人もそのことをよく理解しているのか、かなり熱を込めて勉強をしているように感じる。
麻紀は光の漏れるドアをノックする。しかし反応がない。
そこでゆっくりとドアを開けた。机に昭人の姿はなかった。トイレにでも行ったのだろうと思い、麻紀は机の上におにぎりを置いた。
そのとき、机の上に見慣れないノートを見つける。
実は麻紀はそのノートに昭人が何かをこっそりと書き込んでいるところを見たことがあった。
しかし特に言及もしなかったのだが、どうしてもそのノートの中身が気になった。
そしてこっそりとノートを開く。
そこには手書きでびっしりと絵が描かれてある。単なる落書きではなく、とても精巧に、そして熱量を持って書かれていることが伝わってきた。
「何、見てんだよ……!?」
驚いて扉を見ると、昭人がこちらをにらみつけていた。
「こ、これは……? 」
「漫画だよ。勉強の合間に、息抜きでやってるんだ」
「そうなんだ……」
しかし麻紀はこれが息抜きではないとすぐに分かった。
「……昭人、漫画を描くのが好きなの? 」
「だったら、何? 父さんにチクってまた止めさせる? 」
皮肉めいた笑顔を見せる昭人に麻紀は驚いた。
こんな風に笑う子じゃなかったのに……。
このままでは昭人が壊れる。麻紀はそう直感した。
「昭人、これ、面白いね……! 」
内容はバトルもので、麻紀が今まで触れてこなかったジャンル。とはいえ内容は分からなくても、絵のきれいさは素人の私でも分かる。画力に関しては本当にスゴいと思った。だけどそれ以上にこれを昭人が自分の意思で書いているというのがうれしかった。
今の昭人にとって漫画を描くことが残された希望なのだ。
だとしたら私はこれ以上、昭人から何も奪いたくない、そう決意した。
すると昭人は照れたのか、顔を伏せる。
「もう良いから出てけよ。お母さんには分からないだろ」
そして昭人は机に座る。麻紀の顔は一切見ようとしない。
「昭人、絶対に才能あるから。だからこれは続けなさい。お父さんにも絶対に言わないから」
部屋を出ながら、麻紀は昭人の背中に訴えかけた。
昭人は何も答えない。それでも麻紀は言葉にして伝える。
部屋を出る間際、昭人の横顔が少しだけ見えた。
笑っていた。
あの頃の笑顔だった。
● 麻紀はモラハラ夫から昭人の秘密を守れるのか? 後編【「いい加減にして!」息子のノートを破り捨てるモラ夫に我慢の限界 妻が突きつけた“面白くない”現実】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。