ディスコミュニケーション
その後、昭人は近くの公立中学に進学することになる。
それから数日がたったある夜、麻紀はある思いを抱えながら寝室に入る。憲史は布団に寝転がって本を読んでいた。
「ねえ、あなた」
「……なんだ? 」
麻紀が話しかけると殊更面倒くさそうに返事をする。
「昭人がね、美術部に入りたいって言ってるの。部活紹介で見て、興味が出たんだって。いろいろと部費もかかるみたいだけど、どうかな?」
麻紀がそう尋ねると、勢いよく本が閉じる音がした。その音に麻紀はビクつく。
「ダメに決まってるだろ……! 」
「え、ど、どうして? もし部費が心配なら、気にしないで。しっかりと貯金をしてるし……」
「金じゃない! アイツに必要なのは勉強だ。部活なんてやってる暇があったら、家で勉強をさせるべきなんだよ! 」
「ちょ、ちょっと大声出さないでよ……」
「そもそもお前がもっとしっかりとアイツを管理してれば、中学受験に失敗なんてことにならなかったんだ」
「わ、私が悪いの……? 」
「当たり前だろ! 俺が管理していれば、こんなことにはならなかったよ! 」
子供に対して、管理という言葉を使わないで。麻紀はそう思ったが、言葉にできなかった。
「とにかく、部活動なんてダメだ。それと今後はアイツがどれだけ勉強をしているか、毎日俺に報告しろ。いいな」
「わ、分かったわよ……」
翌日、麻紀はこのことを昭人に報告。
昭人はただ「そう」とだけしか言わなかった。
その反応はまるでこうなることを昭人が予期していたかのようだった。
それはつまり昭人はもう麻紀や憲史に期待をしていないということの現れだ。麻紀はこのときに、昭人がどこか遠くへ行ってしまうのではないかという恐怖を感じた。
それから昭人は学校から帰宅すると、すぐに勉強をするようになる。そして麻紀はそんな昭人の様子を観察しては、憲史に報告をしていた。
昭人はただそれを黙々とこなすだけの毎日を過ごしていたが、麻紀は必死にコミュニケーションを取ろうとしていた。
友人のことや学校で起こったこと、最近興味があるものなどを聞くが、昭人の返事はいつも簡素なものだった。
思春期特有のものではないと麻紀は気付いていた。
これだけ勉強だけをやらされていては、まともな青春など送れるはずがないのだ。