「モノなしマルチ商法」の実態

大学時代にイベントサークルの工藤先輩に誘われて軽い気持ちで始めた小遣い稼ぎのバイトが、いつの間にか本業になった。仮想通貨投資の勧誘と言えば聞こえはいいが、世間では「モノなしマルチ商法」と呼ばれる立派な犯罪だ。

タワーマンションの一室を借り、会員から紹介されたゲストを招いて週に何日かパーティーを開いている。頃合いを見計らって、ターゲットになりそうなゲストに“特別なご案内”をするという算段だ。

 

この手法でこれまで数億円単位の金を集めてきた。建前上投資はしているが、多くは上の“組織”への上納金や、次なる獲物を釣るための宣伝費に消えていく。麻衣ちゃんと瑠奈ちゃんに約束の配当が振り込まれるのは、せいぜい最初の1回だ。

親が金持ちで小遣いが潤沢だとかバイトでため込んでいるやつならいいが、「絶対もうかるから」と強引に学生ローンを組ませたケースもあり、全く心が痛まないわけでない。

しかし人間、いったん楽な暮らしに染まると、なかなかそこから抜け出せないものだ。実際、この違法バイトによる収入は同世代のサラリーマンのざっと5~6倍はあり、今年は前から乗ってみたかったアルファードをキャッシュで買った。

先輩には「陽太には天職じゃん。いかにもいいとこの坊ちゃんって感じの陽太が勧めるから説得力があるんだよ」と言われる。父まで二代続けて県議の家に育ち、大学のキャンパスを歩いていても違和感のない童顔の僕には、どこかそれっぽい雰囲気があるのかもしれない。

タワマンは、現代社会の富と権力の象徴だ。見せかけだけの豊かさを希求する若いやつらが、誘蛾灯(ゆうがとう)に集まる虫のように吸い寄せられてくる。

とはいえ、このタワマンでの“営業”も半年を超えた。先輩からは「そろそろ河岸を変えないと」と急かされている。腰が重いのは僕自身の面倒くさがり屋な性格もあるが、ここでの生活が気に入っているからだ。