消えた2000億円

玉枝は、運用の中身がわからないことの恐ろしさについて、2012年に「消失した年金2000億円」として社会問題になった「AIJ投資顧問事件」について話して聞かせた。「年金が消えたなんて、ただ事ではないので、すごく興味を持って報道を追いかけていたのだけど、金融庁に登録して検査も受けている資産運用会社が自らの運用成績をごまかして報告するという前代未聞の詐欺事件だった。AIJの代表らは逮捕されたけれど、同時に批判の対象になったのが、AIJの不正を見抜けなかった年金基金側の担当者だった」と。

裁判などを通じて明らかになったのは、AIJが当時、顧客に提示していたプレゼンテーション資料には、自社ファンドの運用成績が年6%超、月次で0.5%程度の運用利回りでキレイな右肩上がりの成績を示していた。2008年の世界金融危機(リーマン・ショック)を経ているにもかかわらず、2004年の運用開始から10年近くにわたって年間収益がマイナスになったことは一度もないという説明だったという。リーマン・ショックの時には年金基金の運用成績は平均でマイナス19%だったが、AIJのファンドは7.45%のプラスだった。年金基金の運用担当は、わらにもすがる思いでAIJのファンドによる運用の立て直しを図ったのだろう。

「なぜそんな安定して高いリターンなのかと問われると、『独自の指数を使ったオプション取引』というだけで具体的な運用方法を詳しく説明しなかったらしい。後の裁判では、当時のAIJは運用で大きな損失を抱えて解約に応じることもできない状態だったことが明らかにされた。それでも当時、年金基金の運用担当は、AIJからの説明を頼りに、大事な年金資金をどんどんAIJに持ち込んだ。2009年4月から2年間で550億円もの資金をAIJは新たに獲得したそうだ。そのお金のほとんどは戻ってこなかった。ファンドを買うということは、そのファンドの運用者に資金を任せることだけど、信じて任せるだけではダメ。ちゃんと結果を確認することが必要。そして、期待するほどの能力がないと感じたら、ファンドを解約することも大事なことだ」と玉枝は念を押した。最後に玉枝はポツンと「今どき、運用についての重要事項の説明もせず、結果だけを見せて信用してくれなどという業者は珍しいね」とつぶやいた。

小笠原は、結局、田沼の勧めた「ほったらかし投資」には戻らなかった。他の商品などもよくよく調べたら、年5%程度の利回りを1年くらいの期間で続けている商品がいくつかあったという。ただ、それが今後も続くかどうかは判断のしようがない。「中身がわかれば、その価値を判断できる。中身のわからない漠然とした不安を抱え続けるのは良くない」と反省したそうだ。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。