人生には転機があります。季節が変わるように、あることをきっかけに、その後の人生が大きく変わってしまうことがあるのです。時には、弁護士に依頼するような大ごとが転機になることもあれば、隣人の一言をきっかけに人生が変わることもあります。そして私たちは、転機にあたって必ずしも正しい判断ができるとは限りません。それでも転機がやってくるのが人生です。せめて、転機を迎えた人々の経験を共有し、自身が迎える「そのとき」に備えましょう。

2人の息子を社会人として送り出した夫婦に訪れた闇

55歳の頃の吉田智枝さん(仮名)は、どこにでもいるような主婦として比較的平穏な日常を暮らしていました。むしろ、ママ友と会う時などは、自分が恵まれた結婚生活を送っていると自己満足を覚えるようなこともありました。2人の息子は社会人になり独立し、子ども中心で回っていた子育ての時期が終わって、夫婦2人だけの生活を迎えていました。夫の孝雄さん(当時は58歳、仮名)は、東証プライム市場上場の機械メーカーの営業部長です。若い時から仕事を生きがいにしているような古いタイプのサラリーマンでしたが、子育てや家事の分担についても智枝さんが頼めば、嫌な顔もせずに手伝ってくれたので、智枝さんは、世の一般的な夫よりも良い夫に恵まれたと思っていたそうです。

ところが、智枝さんは、数年前から夫の生活の中のちょっとしたしぐさや音が、気になるようになっていました。例えば、夫がびっくりするほど大きな音でくしゃみをすること。また、突然、品のない大声で話しかけられること、機嫌の良い時の鼻歌なども、智枝さんの趣味ではありませんでした。夫が使った後の洗面所の汚し方も、智枝さんは掃除をするたびに小さなイライラが積もり、そのイライラはたまっていくような気がしていました。

夫に対して智枝さんが感じる嫌悪感の原因は、生理的な拒否反応というより、もしかしたら、智枝さん自身に対する配慮のようなものがない事への不満だったのかもしれません。子どもたちと一緒に暮らしていた時には気にならなかったことも、ちょっとした事で気に障るようになり、智枝さんは「夫は赤の他人である」と感じるような機会が増えてきました。

そのことについて、智枝さんは「夫婦としてのいたわりの心を表す会話がなくなって来ているから」と、どこかひとごとのように思いつつ、夫と話し合いの機会をつくろうとするなど自分から努力をするという気持ちにはなれませんでした。