選択の自由が拡大した結果、さらなる格差が生まれた

さて、個人の選択の自由が拡大した結果どうなったのか――米国シンクタンクの『Economic Policy Institute』の報告では、確定給付年金から確定拠出年金への移行はさらなる格差を生み出し、低所得・高卒以下・黒人/ヒスパニック・非婚者にとっては“disaster(惨事)”であり、たとえ高所得・大卒・白人・既婚者カップルであっても、十分な老後の準備ができている人が少ない(つまり十分に資金が貯まっていない)としています。また、健康政策ジャーナルの『Health Affairs』は、個人選択をベースにした健康保険システムは結局成功を見ることはなく、その理由は個人が比較検討するのに必要となる情報の透明性が低く、選択自体が機能をしていないと指摘しています。

こんなアメリカに生きていて思うのですが、自由の裏には責任があり、権利の裏には義務があるということです。

「自助努力」が本当に機能するためには、選択の自由と権利が与えられて喜んでいるだけではダメで、与えられている機会や選択肢を知り、情報を集め、自分のニーズを理解し、最善の選択をしていくという重い責任と義務があることを十分に理解しておくことが必要と考えます。人間誰しもずるずる選択を先延ばしにしたり、結局選択をしないでおく……ということもありますが、これも一種の責任の不履行であり、結果は自分が摘み取ることになるわけです。

一方で、システムや情報を提供している側からすれば、透明で偏りのない情報を準備して、人々が学ぶことを助ける必要があるとともに、社会の中にはそれが難しい人々もいることも想定して、そういう人たちのためには選択を極力簡単にするか、あるいは代わって選択してあげる社会的優しさも必要なのではないかなと思います。またこれと併せて、個人の立場に立って、情報を整理し選択を助ける中立的なファイナンシャルプラナーやアドバイザーが、これからますます活躍の場を広げていくのではないでしょうか。