息子に伝えた新しい選択肢

午後、リビングのテーブルには取り寄せたフリースクールの資料が置いてあった。コンセプトも掲げる理念もいろいろで、共感できるものもそうではないものもある。だが共通しているのは、どんな子どもであっても取りこぼさず、健やかに過ごしてほしいという想いだった。

以前なら「こういうのはちょっと違う」と感じていたかもしれない。でも今は、どんな可能性でも手に取って確かめてみたいという思いのほうが勝っていた。

「体験は1回だけでもOK、費用は1日あたり……通うのは週1からでも……」

資料を見比べ、つぶやきながら、花枝は隆の顔を思い浮かべた。

今すぐフリースクールに通うなんて、たぶん無理だ。でも、「ここなら何か変わるかも」と思える場所が、1つでもあれば。それはきっと、閉じきった世界にほんの小さな通気口を開けるようなことかもしれない。

「よし」

内容をひと通り読み終えると、花枝は立ち上がった。階段を上がり、またあの開かずのドアの前に立つ。深呼吸をひとつ。

「隆。ちょっとだけ、聞いてくれる?」

返事はなかったが、気配はあった。花枝はゆっくりと、扉越しに言葉を残していく。

「お母さん、フリースクールっていうのを知って、ちょっと調べてみたの。面白そうだよ、ここなんてみんなでカルタ大会とか将棋大会とかしてるって。いくつか資料を取り寄せたから、気が向いたら読んでみて」

花枝はなるべく柔らかい声で言って、扉の前に取り寄せた資料を置いた。

「ごめんね、お母さん、ずっと隆にまた学校行ってほしいって思って、知らない間にそれを押し付けてた。学校もフリースクールも、隆が行きたくなければ行かなくてもいい。もう無理に行きたくない理由も聞かない。やってみたいこと、できそうなこと、隆がやろうと思ったときにできるように、応援する」

それでも返事はなかったが、昨日までのような拒絶の空気は感じられなかった。怒鳴り声も、ドアを叩くような音もない。ただ、向こうで何かが静かに動いている気配だけがあった。

花枝はリビングに戻ると、湯を沸かして紅茶をいれた。

何も変わっていないように見えるかもしれない。けれど、今日のこの1歩は、確かに昨日までとは違っているはずだ。押しつけない、急かさない、でも手を離さない――その覚悟を、花枝はようやく自分のものにしつつあった。