待合室で祈るような時間
待合の椅子は冷たく、消毒の匂いが鼻の奥に残っていた。壁の暖房が低く唸り、キャリーの中の鳴き声が反響する。
祐子は受付でもらった紙を指で折り曲げ、感触を確かめた。内心は気が気でないが、久実の前で焦りを見せるわけにはいかない。久実はタオルの上にこむぎを抱え、耳の付け根を同じ速さで撫で続けていた。
「こむぎ、お願い。もうちょっとだけ我慢してね」
「久実、呼吸はどう? 苦しそう?」
「さっきよりは……でも、変な音する。ねえ、こむぎ、どうしたんだろ」
「わからない。わからないから、今ここにいる」
祐子はそう言って、久実の膝の上のタオルを整えた。こむぎの胸が小さく上下している。
「死んじゃう?」
「そんなこと言わない。もうすぐ診てもらえるから」
久実は頷くが、唇が白い。祐子はウォータサーバーから水を注いで紙コップを差し出す。
「いらない…」
「一口だけでも」
久実はやっと唇を濡らし、すぐこむぎに向き直った。
名前を呼ばれ、祐子と久実はこむぎを抱えたまま奥へ入った。
白い台、金属の匂い。
祐子はタオルの端を押さえ、久実は震える指で背中に触れている。言葉の代わりに、手袋の擦れる音と器具の置かれる音が短く聞こえた。しばらくして、こむぎの喉が大きく動き、短く咳き込む。久実が息を呑んだ。
次の瞬間、あの苦しげな音が途切れ、こむぎが細く鳴いた。
「こむぎ……!」
「ああ、これこれ。これを飲み込んじゃったみたいですね」
獣医が差し出したのは、使い込まれた丸い消しゴム。久実の視線がくぎづけになる。
「……これ、私のだ」
体液で濡れた消しゴムの端に、今よりも幼い文字で「くみ」と残っている。
こむぎの異変の原因は、異物の誤飲によるものだったらしい。命に別状はないと説明を受け、待合室に戻っても、久実は泣きそうな顔のままだった。
「私……落としたの、気づかなくて」
久実は袋に入った消しゴムに手を伸ばしかけ、引っ込めた。
指先が震え、涙が落ちる。
「ごめんなさい。お母さんに何度も言われたのに、片付けなかったから……」
久実はこむぎに顔を近づけた。
「ごめんね。ほんとに、ごめん」
こむぎの鼻先が触れてくすぐったかったのか、久実は泣きそうな顔のまま笑った。
