喪主を務める弟にすべて任せ…

詩織の複雑な心境をよそに、通夜と葬儀は、直樹が喪主として淡々と進めた。親戚や地元の関係者が続々と集まり、やがて広間は喪服の人々で埋め尽くされた。「先代のときも急だったよな」「施設に入れられてから一気に老け込んだ」などと、口々に勝手な感想を言うのを聞きながら、詩織はひとり座っていた。

「跡継ぎがいるなら安心だ」「やっぱり男の子がいて良かった」

——そんな言葉も、ちらほら耳の端をかすめた。

誰も悪気があるわけではない。でも、その価値観のなかで自分が排除されてきたことを、詩織は忘れずにはいられなかった。無事に出棺を終えた夜、帰り際に直樹に伝えた。

「悪いけど相続のことは、全部任せる。土地も、家も、私はいらないから」

直樹は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。

「……そうか。まあ、そう言うだろうとは思ってたけど。手続きはこっちで進めるよ」

「よろしく」

帰りの新幹線の中、詩織は窓の外を眺めながら、小さくため息をついた。母の死も、実家の空気も、すべてが遠く、現実感が希薄だった。自分が何を失ったのか、まだ上手く整理ができないまま、東京の街が近づいてくる。

●久々に帰郷した詩織は、母の葬儀を終えて東京へと戻った。相続も何もかも弟に任せ、実家との関係を完全に断ち切ったはずだったが——母の死後、意外な事実が明らかになる……後編【女だからと冷遇され続けた人生…亡くなった母が遺したお金と手紙から伝わる長年会わなかった娘への「本当の気持ち」】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。